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ハ短調の検索結果1 - 8 件 / 8件

  • 数々の伝説に彩られた、ムーンライトソナタ。ベートーヴェン『ピアノソナタ 第14番(幻想曲風ソナタ)嬰ハ短調 作品27-2《月光》』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~

    テーマは何か? ベートーヴェンの2曲セット『2つの幻想曲風ソナタ 作品27』の2曲目が、有名な〝月光ソナタ〟〝ムーンライトソナタ〟です。 ピアノソナタといえばまずこの曲の名が思い浮かぶ、ソナタの王者です。 まさに降り注ぐ月の光のように幽玄な第1楽章。 短いけれど憧れで胸がいっぱいになる第2楽章。 地獄から湧き上がるかのような激しい情念に圧倒される第3楽章。 この曲の与えるインパクトの強烈さから、ベートーヴェンがなぜこの曲を書いたのか、彼はこの曲にどんな思いを込めたのか、作曲当時から作曲者の死後に至るまで、様々な説、解釈が唱えられてきました。 いわく、叶わない恋へのやるせない思いをぶつけた。 いわく、盲目の少女に月光の美しさを伝えるために捧げた。 いずれもロマンティックなエピソードで、この曲を聴く人は、これらの〝伝説〟に思いを馳せることになります。 そうすると、この謎めいた曲の解釈に答えを与

      数々の伝説に彩られた、ムーンライトソナタ。ベートーヴェン『ピアノソナタ 第14番(幻想曲風ソナタ)嬰ハ短調 作品27-2《月光》』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~
    • みんな大好き!ベートーヴェン『ピアノソナタ 第8番 ハ短調 作品13《悲愴》』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~

      比較的弾きやすい?傑作 ベートーヴェンの生い立ちから、一般的には馴染みの薄い若い頃の作品を聴いてきましたが、ようやくポピュラーな作品に出会うことになります。 『悲愴ソナタ』です。 〝月光〟〝熱情(アパッショナータ)〟とともに、ベートーヴェンの3大ソナタと称えられる名作です。 激しい情熱と深い抒情をはらんだこの曲は、聴く人を誰でも魅了してしまいます。 友人のピアノ教室の発表会で、小学生がこれを見事に弾いたのを聴いて、妻は椅子から転げ落ちんばかりに驚いていました。 妻はこの曲を聴いたことがなかったらしく、目の前で神童が奇跡を起こしたように感じたようです。 ピアノの弾けない私には分かりませんが、この曲にはそれほど難しい演奏技術は求められていないようです。 大学時代に友人がこの楽譜を貸し借りしているのを見て、こんな曲が弾けるのか!?と問いただしたところ、けっこういけるよ、という答えに驚いた記憶もあ

        みんな大好き!ベートーヴェン『ピアノソナタ 第8番 ハ短調 作品13《悲愴》』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~
      • ベートーヴェン大ショック!前代未聞のしくじりコンサートとは。『合唱幻想曲 ハ短調』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~

        アン・デア・ウィーン劇場(1815年の外観) 信じられないような豪華プログラム 前回まで、ベートーヴェンの不朽の傑作、交響曲 第5番 ハ短調〝運命〟と第6番 ヘ長調 『田園』を聴きましたが、両曲は1808年12月22日、アン・デア・ウィーン劇場にて同時に初演されます。 現代のコンサートでも、両曲が同時に演奏されるのは稀ではないでしょうか。 まるでメインディッシュがふたつあるようなものです。 ところが、ところが。 初演コンサートのプログラムは、信じがたいことに、さらに盛りだくさんだったのです。 その5日前、12月17日土曜日付の『ウィーン新聞』に、この演奏会の広告が次のように出ました。 12月22日木曜日に、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは皇王室アン・デア・ウィーン劇場においてアカデミーを開催する光栄に浴する。曲目はすべて当人の作品であり、すべてが未公開の新作である。 第Ⅰ部 1.交響

          ベートーヴェン大ショック!前代未聞のしくじりコンサートとは。『合唱幻想曲 ハ短調』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~
        • 才色兼備のプリンセス、その短い悲劇の生涯。マリア・テレジアとヨーゼフ2世母子の葛藤物語3。ハイドン『交響曲 第52番 ハ短調』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~

          可憐なプリンセスの生い立ち 幼い頃のイザベラ・フォン・パルマ 1760年、神聖ローマ皇帝の実質的な皇太子である、ローマ王ヨーゼフ2世のもとに嫁いだ19歳の花嫁、マリア・イザベラ・フォン・ブルボン=パルマ。 彼女の可憐な美しさは、新郎だけでなく、ハプスブルク家の面々、宮廷に仕える人々、ウィーン市民の全ての心を奪いました。 パレードの沿道には、一目その姿を見ようという人々が押し寄せ、皆口々に〝天使のよう〟と感歎しました。 しかし彼女は、その微笑みの裏で、心に深い闇を抱いていたのです。 彼女は、1741年12月31日にスペインのマドリードで生まれました。 父は、スペイン王フェリペ5世の王子、フィリップ。 母は、フランス王ルイ15世と、王妃マリー・レグザンスカの長女、ルイーズ・エリザベート。 オーストリア女帝マリア・テレジアは、オーストリア継承戦争の結果、夫フランツ・シュテファンが神聖ローマ皇帝に

            才色兼備のプリンセス、その短い悲劇の生涯。マリア・テレジアとヨーゼフ2世母子の葛藤物語3。ハイドン『交響曲 第52番 ハ短調』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~
          • 師匠が仰天した前衛作品。ベートーヴェン『ピアノ三重奏曲 作品1 第3番 ハ短調』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~

            ベートーヴェン・イヤーが終わって あけましておめでとうございます。本年も当ブログをよろしくお願いいたします。 昨年、記念すべきベートーヴェン生誕250周年は、コロナ禍のなかであまり盛り上がらずに終わってしまいましたが、苦難に耐えて新たなる創造に捧げたその生涯、また世界人類の団結と一体化を呼びかけたそのメッセージが、これほど意味を持つ年もなかったと思います。 6年後の2027年、ベートーヴェン没後200周年には、世界はどうなっているでしょうか。 引き続き、若き天才作曲家の挑戦と成長を追っていきたいと思います。 ハイドン先生、まさかのダメ出し! ベートーヴェンの記念すべき『作品1』のピアノ三重奏曲、いよいよ最後の第3番 ハ短調です。 この曲こそ、〝ベートーヴェンらしさ〟が最初に確立した作品といえます。 同時に、ハイドンとベートーヴェンの師弟関係にヒビが入ることになった〝いわくつきの曲〟でもあり

              師匠が仰天した前衛作品。ベートーヴェン『ピアノ三重奏曲 作品1 第3番 ハ短調』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~
            • コーヒーハウスでの偉大なる実験。バッハ『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1060』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~

              新しい響きを求めて 前回までバッハの管弦楽組曲(組曲)を聴いてきましたが、それはいずれもライプツィヒの大学生による音楽団体、コレギウム・ムジークムでの演奏のために作曲されたものでした。 新しく書き下ろされたという説もありますが、音楽好きの主君に仕えていたケーテン宮廷時代の旧作を編曲したものであるという説が有力です。 コレギウム・ムジークムのコンサートは、主にツィンマーマンのコーヒーハウスの店内で開催されたのですが、組曲のほか、メインの楽曲はチェンバロ・コンチェルトでした。 これまで、チェンバロは通奏低音(コンティヌオ)を受け持つ伴奏楽器でしたが、バッハはこれを独奏楽器として昇格させました。 その第一号が『ブランデンブルク協奏曲 第5番』です。 バッハは、ライプツィヒのコレギウム・ムジークムで、その試みを発展させ、後世、モーツァルト、ベートーヴェンと続いていくピアノ・コンチェルトの世界を創始

                コーヒーハウスでの偉大なる実験。バッハ『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1060』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~
              • 歴史は繰り返す。250年越しのウクライナへの野望。ハイドン:交響曲 第78番 ハ短調 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~

                ロシア女帝エカチェリーナ2世 自分の野望で命を縮めた皇帝 皇帝ヨーゼフ2世の音楽論議を取り上げてきましたが、いよいよヨーゼフ2世の最後について見ていきましょう。 彼は、先進的で民主的な啓蒙君主でしたが、対外的には驚くほど好戦的で、領土拡大に執心した皇帝でした。 〝戦争は他国に任せておけ。幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ〟といわれ、血を流すことなく、政略結婚によって領土を増やしてきたハプスブルク家の皇帝としては、珍しい存在です。 母帝マリア・テレジアは、そんな息子の危なっかしい政策を危ぶみながら世を去りましたが、その心配は現実のものとなってしまいました。 ヨーゼフ2世は、まさに戦争によって命を縮めてしまったのです。 ポーランド分割、バイエルン継承戦争と、母帝が存命のうちから領土拡大を図っていたヨーゼフ2世ですが、母の崩御後に手を出したのが、東方でした。 そこには、オーストリアの長年の宿敵

                  歴史は繰り返す。250年越しのウクライナへの野望。ハイドン:交響曲 第78番 ハ短調 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~
                • 譜めくりを頼まれた楽譜はほぼ空白。ベートーヴェン『ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~

                  現在のアン・デア・ウィーン劇場内部 初のオール・ベートーヴェン・プログラム 1802年秋。ベートーヴェンは、イエスのオリーブ山での苦闘と重なる、ハイリゲンシュタットでの苦悩の日々から、ウィーンに〝生還〟し、自らの運命と使命を自覚して、さらなる活動に邁進します。 そして、その次の大きなステップが、翌年、1803年4月5日にアン・デア・ウィーン劇場で開かれた、自主コンサートでした。 1800年の最初の自主コンサート以降、なかなか2回目の開催は難航し、ハイリゲンシュタットに行く前には延期を余儀なくされました。 いよいよ、満を持しての開催です。 曲目は、第2シンフォニーと、第3ピアノ・コンチェルトの初演、第1シンフォニーの再演、そしてメイン・プログラムはオラトリオ『オリーブ山上のキリスト』でした。 当時のプログラムやポスターは残っていないので、これらの曲目は新聞の批評や、周囲の人の証言からの類推で

                    譜めくりを頼まれた楽譜はほぼ空白。ベートーヴェン『ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37』 - 孤独のクラシック ~私のおすすめ~
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