岡村天斎のアニメ遍歴をたどるインタビュー連載の最終回は、自身の初監督作であるオムニバス映画『MEMORIES』の中の一編『最臭兵器』。苦労が絶えなかったという制作の舞台裏と、この作品を通して岡村が手に入れたものとは? 当時の状況を振り返りつつ、たっぷり語ってもらった。 ――3本目は、岡村さんの初監督作品でもあるオムニバス映画『MEMORIES』の中の一編「最臭兵器」です。1995年の公開なので『妖獣都市』から少し間が空いていますね。 岡村 そうですね。『YAWARA!』で何本か絵コンテを描いて、そこから演出方向に舵を切っていきました。もともとアニメーターよりも演出がやりたかったんです。 ――当時のマッドハウスは、若手でも演出できるチャンスが多かったのでしょうか? 岡村 というか、僕が入社した頃は劇場作品やOVAがメインで、TVアニメをあまりやっていなかったんです。だから「TVだったら(演出