つまり、太平記を小説化しようとすると、どうしても、なぜ朝廷が南北に分裂したか、そもそも天皇とはなんぞや、という議論にどうしてもいたらざるを得ない。 なぜなら、そこを明確にしなければ、朝廷が南北に分裂した理由の説明がまったくつかなくなるからです。 だからこそ、太平記をそういう視点から扱うと、戦後左翼からの猛烈な反発や潰しが行われた。とんでもない非難中傷が行われた。 つまり、作家生命を絶たれるまで、激しい「追い込み」が行われ、全人格的な非難中傷によって、これを書こうとする作家自体が、作家生命を失うどころか、それこそ自殺にまで追い込まれかねないくらいの非道な名誉毀損、信用毀損被害に遭った。 だからこそ、朝日に近かった司馬遼太郎は、それをわかって、友人の作家に、「太平記はやめとけよ」と語ったということではないかと思います。 いまでもこうした「潰し」活動はさかんに行われていて、保守系である程度名前が