2018年6月にリリースされたDA PUMPの『U.S.A.』が異例のヒットを続けている。DA PUMPの新曲として、1990年代のユーロビートのカバーを決めたのは、所属事務所ライジングプロダクションの社長である平哲夫氏だ。同事務所は80年代に荻野目洋子、90年代に安室奈美恵、MAXなどユーロビートのカバーを数多く世に放ってきた。しかし、R&Bテイストを追求してきたDA PUMPに今なぜ、ユーロ
なぜ米津玄師は変革者であり続けるのか。世間のメインストリームに迎合することなく、むしろ異端であることを選び続けてきた彼は、どのようにして大衆性を獲得したのか。疎外感に苛まれてきた思春期から、タフであることを選びとった時期、そして受け取ったバトンを渡す側に立った現在の感覚まで。その表現の奥底にあるものを解き明かす。 今回の特集のテーマは“オルタナティブ”。つまり「主流とは違う、もう一つの」という意味の言葉です。自分の人生や足跡を振り返って、そういう言葉がしっくりくる感覚はありますか? ありますね。今、自分がこういう人間になったのはどうしてなんだろうということを考えたりするんですけど、きっと生まれた瞬間からそうだったという感じがすごくしていて。こういうインタビューでもたびたび話しているんですけれど、生まれた瞬間から身体がデカかったんです。赤ん坊はだいたい3000gぐらいで生まれてくるんですけど
『創』の篠田編集長が植松被告と接見したのは今年の8月22日。金沢大学名誉教授・井上英夫氏とともに訪れたという。井上さんは私もよく知る人で、社会保障などを専門とする名誉教授でありながら徹底した「弱者の味方」でもある人だ。2012年、北海道札幌市で生活保護の申請ができずに姉妹が餓死・凍死する事件が起きた際には調査団を作って共に現地に飛び、福祉事務所に改善を申し入れ、また、生活困窮者たちの聞き取りをするなどした。ケンタッキーの前にあるカーネル・サンダースそっくりの見た目で、いつも弱者に寄り添う人。それが井上さんである。 そんな井上さんが、相模原事件について調査チームを作っているということを私は『創』で初めて知った。そのための面会だったのだろう。篠田編集長と井上さんが面会する前日には、調査チームの別のメンバーが接見していたようで、接見当日、植松被告は前日の面会でのやりとりを引きずって苛立った様子だ
コロナ解禁で世は、Go to(52)。 ぼくも乗り遅れまいと振興券とか52割引使って学会旅行してまいりました。 参加したのは、毎年11月に宮古島シギラリゾートの一角で開催されている宮古島神経科科学カンファレンスです。略してマイコンス(MiCONS)。今年は、第10回目となる記念大会でもありました。 9月の中旬に、演題のエントリー目的で抄録を送ったところ、主催者側から、特別講演に格上げするので60分話して欲しい。ついては現地まで来られたし。という知らせがエントリーして2週ほどした10月の頭にメールです飛び込んできたのです。 やったー☺️ ちょうど世の中は、自粛から52へと切り替わるタイミングでしたので、 旅に行けるぞーってな感じて二つ返事で快諾したわけです。 昨年、一昨年とコロナ禍で参加を見合わせていた宮古島。気分は大いに盛り上がり、俄然、気合を入れてで60分の講演準備に取り掛かりました。
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