前回の記事で、わが国で「条約改正」の世論が盛り上がった背景に、わが国に阿片を持ち込んだ英商人が無罪とされたことや、コレラが流行していた清国からわが国へ直航してきたドイツ船・ヘスペリア号がわが国の検疫要請を無視し、横浜入港を強行した事件があったことを書いたが、もうひとつ国内世論を沸騰させた有名な事件があるので書き記しておきたい。 明治19年(1886)10月24日の夜、横浜港から神戸に向かっていたイギリス船籍の貨物船ノルマントン号が、暴風雨に遭い紀州沖で座礁沈没し、ドレーク船長以下イギリス人水夫ほか乗組員26人は4隻の救命ボートに乗り移って全員脱出し、2隻は串本に漂着。漂流していた2隻は、須江浦(和歌山県串本町)の人々が9隻の鰹船を出して救出したという。 ところがその後、沈没したノルマントン号には25名の日本人乗客がいて、全員が行方不明であることが判明した。「行方不明」という表現が使われるの
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