終戦から70年たった今も、自らが中国残留日本人孤児だと訴え続けている人たちがいる。しかし、申請しても養父母や近親者などは亡くなっており、今となっては証明する手がかりすらない。日本への強い思いを胸にしたまま、申請者自身の高齢化も進んでいる。 「狂ったように証拠を探し回ったのに、私はふるさとに戻れません」 遼寧省撫順市の黄飛燕さん(推定71)は2003年、厚生労働省から「非認定」の通知を受けた時の心境を、涙ながらに語る。 両親を相次いで亡くした後の1996年、父親の知人女性、史春栄さん(当時82、97年死去)から「あなたは日本人だ」と告げられた。史さんの証言によると45年、同市の日本企業で鉄道の保線をしていた夫が、同じ職場の日本人から、黄さんを預かった。しかし史さんには子どもが5人おり、子どものいない黄さんの父親に託したという。 当初、黄さんは動転したが、日が経つにつれ日本にいるかもしれない父

