共依存の行く先は、ぐずぐずとした破滅に他ならない。エンターテイメントは、それが逃避という形であっても、最終的には現実と戦うためのものでなければならない、と思っている。それが作り手の良心であり、矜持であるべきだ。 「現実と戦う」ためのエンタメみたいのはもう厳しい感があると思うの。個人的には舞城王太郎がピークだった。 みんな正直既に疲弊してる。だからボカロ界隈の歌詞はあんなドロドロに暗かったり過剰に過激だったりみたいな感じになるんだと思う。 なんてったってボカロで現実と戦う系の歌は(知ってる限り)ひとつ残らず自己犠牲ネタ(悪けりゃ単なる自殺)だかんね。 『メアリーと遊園地』、『カゲロウデイズ』、『悪ノ召使』、みんな最後にグスコーブドリが火山に残るとこだけやりたがってる。 宮澤賢治の自己犠牲だってもやもや来るところが全くないとは言えないのに、ボカロはみんなして「誰かのために死ぬ」とこは嬉々として