![Amazon.co.jp: 悪党的思考 (平凡社ライブラリー): 中沢新一: 本](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/56c9bc88953880aa5b4d94e1e53b6b0cf07f3b16/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fm.media-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51i%2ByKesPfL._SL500_.jpg)
(前回につづき、中沢さんの文章を掲載いたします) どうやら私たち現生人類の心は、 まったく仕組みのちがう、 ふたつの思考のシステムの共存として 働き続けているようなのです。 ひとつは外の環境世界の構造に 適応できるような論理 (それがアリストテレス論理というものの 本質にほかなりません) の仕組みをもって作動する言語のモジュールで、 それにしたがって生きるときには、 私たちは合理的な行動ができるようになります。 ところが現生人類の心には それとはまったくちがう、 対称性の仕組みで動く層あるいは領域があります。 ここでは、言語の論理が 分離しておこうとするものをくっつけてしまい、 ちがう意味の領域を隔てている壁を突破して、 時間の秩序からさえも自由になって、 多次元的にさかんに流動していく 知性の流れがみられます。 つまり、人類の心は、 合理的な言語のモジュールにしたがって 組織されて非対称
街中の自動販売機でコーヒーやジュースを買う人って結構な確率でその場で飲みやがるケースが多いと思うのですけど、そーゆ人らて飲んでるあいだ所在なさげ・手持ち無沙汰な感じでしょーがなく缶のラベルを読みますね。一口飲んでは裏書を読む。てきな。 そーゆ状況考えましたら、じゃあじゃああの缶の裏書に注意をひく広告を仕込めば効果的なんじゃないかしらと思うし、なんなら「後ろに気をつけろ」とでも書いておけばいい。 コーヒーを飲んでいたあなたがそのメッセージに気付き、不思議な感覚に襲われおそるおそる後ろを振り向く。そこには銃を構えた男が一人。男が「見たな?」とつぶやいた。 銃を向けられて混乱したあなたは男にとびかかる。銃をうばいとり男を殴り殺して黙らせ自分の命があったことにほっと胸をなでおろしていると、後ろでガチャンと音がする。手の中の銃を握り締め立ち上がり自販機の方を向くと、コーヒーを手にした男がこちらを振り
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