扉のひらく音がした。集中していなかった証拠だ。完全に没入しているとき、その音は聞こえない。いきなり家族が視界に入ってくる。こんな夜中には、妻はまず来ない。来るのは彼に似て宵っ張りな娘だけだ。 とっとー、とっとーと彼女は言い、椅子によじのぼる。彼は妻や娘が仕事部屋に入ってきたときのために、デスクの横に椅子を置いている。彼女たちはそれに座る。娘は彼の膝の上に置かれるより、大人のように椅子に座るほうが好きだ。 彼は自分の椅子のレバーを引く。視界が十センチ下降する。彼女はうれしそうにぷしゅうと言う。椅子を低くするのは最初、視線の高さを娘のそれに近づけるためだったのに、今ではどちらかというと彼の芸みたいになっている。円滑に親をやるにはちょっとした芸が必要だ、と彼は思う。フリスビーを取ってくる犬みたいな。わんわん。 わんわん、と彼女は返す。そうして犬の人形を彼のシャツにごしごしとこすりつける。犬はひし