英語がどれだけうまくても翻訳ができるわけではない。日本語の表現にすぐれていても,それだけではすばらしい翻訳はできない。心理学のどんなにすごい先生でも,専門書の翻訳はできない。 翻訳に必要なのは翻訳のための脳の使い方である。「翻訳筋」とでもいうべき筋肉を鍛えなくてはならない。 学校で習った「英文和訳」は翻訳ではない。英単語をそれに匹敵する日本語に移し変え(辞書にのっている言葉で),文法にあわせて正しく並べたものは翻訳ではない。別宮貞徳先生のことばを借りれば,「原文がその読者に与えたのと同等の効果を,訳文もその読者に与えなければいけない」のである(『裏返し文章講座―翻訳から考える日本語の品格 (ちくま学芸文庫)』)。 専門書を読んでいて腹ただしく,また残念にも思うのは,「悪訳」がそれらしい通常の訳としてまかりとおっているところである。わたし自身もそれをなんとかしたいと思い,すこしでも読みやすい