パルチザン伝説 桐山襲 第一の手紙 [#地から2字上げ]1982年4月 霧に閉ざされたような、ひとつの風景がある。……海の朝、長い砂浜。季節は夏の終りのはずだが、その風景は妙に寒々しい。 渚をたどると、浜は前方でちいさな砂洲をつくりながら、海の方へと迫り出している。砂洲の突端に染のような黒い点が在り、近づいていってみると、それは脱ぎ捨てられた一足の黒い革靴なのだ。それは丁度「秋が靴のなかにはいり込んだ」とでもいえるようないかにも空っぽな風情で、満ちてくる潮に危うく持ち去られようとしている。そして霧、海と砂浜をつつんで、白い膜のような霧があたり一面を支配している…… これが、僕が自分の記憶であると信じている一九五一年の風景――つまり僕たちの父が、僕たちの前から失なわれていった時の風景であるのだ。 兄さん―― 僕たちが最後に出会った時からほとんど十年ののちに、こうして兄さんに手