「もの」ではなく、「こと」をデザインしている。それは「記憶に形骸的な痕跡をつくるのではなく、記憶の結び目をつくること」だと言う。 われわれは赤ん坊の頃のおしゃぶりに始まって、あらゆる刺激を内部に蓄積してきた。だから実際に触らなくとも、嗅がなくとも、もう手触りやにおいを知っている。では、記憶を覚醒させるものは何か。「それが言葉である」。 デザイナーという定義が近年、その各勢力で胡散臭さを纏ったとすれば、原研哉の仕事は、最小限の表現で美意識の存在を認めさせるという点で、むしろ詩人に近い。 近著『白』では、「白があるのではない。白いと感じる感受性がある」と哲学した。「深い森のなかに咲き乱れる真っ白な花。でも背後に白いコピー用紙を置けば、それほどでもないことに気づく。 花弁は水分をたたえた重たい白だ。だが、心に届く白は鮮烈に白い」。つまり「白さを探すのではなく、白いと感じる感じ方を探る」の