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  • 平成の“玉音放送”を聞く - 軍事評論家=佐藤守のブログ日記

    昭和20年8月15日正午、6歳の誕生日を控えた私は、佐世保市相浦町の電力会社社宅で玉音放送を聞いた。 母と弟と共に「よそ行き」に着替えてラジオの前に正座した。この日は何時になく熱く、蝉しぐれが絶えない日であった。 陛下の玉音はよく聞き取れなかったが、母が泣いているのを見て、戦争に負けたのだ、と感じ取った。 この日の父の日記にはこうある。 ≪八月十五日は、いつになく騒々しい蝉時雨が気になる、晴れた暑い日であった。所長から正午前に全員集合する様に指示されて、それぞれの課ごとに玄関前の広場に集まると、朝礼台の上の白布が敷かれた机の上にラジオが一台置かれてあり、所長以下全員がその前に整列したところで、天皇の玉音放送があるのだと教えられた。 正午になると、国歌・君が代に継いで天皇の切々たる声がスピーカーから流れ出した。 女子青年隊員の中から嗚咽の声が上がると、男子隊員や幹部の間からも呻き声が上がった

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    spy_simon 2016/10/18
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