「特盛!SF翻訳講座〜翻訳のウラ技、業界のウラ話」(大森望著・研究社)より。 【とくにジャンル小説の場合には、そのジャンルの読書量がものを言う。SFにはSFの、本格ミステリには本格ミステリの、ファンタジーにはファンタジーの約束事があり、それを知らずにいると、翻訳もとんちんかんなものになりがちだ。 たとえば翻訳ミステリなら、描写のフェアネス(読者に錯覚させるためのウソを地の文に書いてはならない)をきちんと理解して訳さないと、フェアなミステリがアンフェアなミステリになってしまったりする。 第二回本格ミステリ大賞を受賞した『乱視読者の帰還』(みすず書房)収録のクリスティ論「明るい館の秘密」で、若島正氏が明晰に指摘する『そして誰もいなくなった』(ハヤカワ・ミステリ文庫)翻訳上の問題点は、その典型的な例。クリスティが駆使する叙述トリックに翻訳者までひっかかってしまったために、小説を注意深く読めば論理