2022年1月28日のブックマーク (1件)

  • 本音としてのオープンレター、最終手段のキャンセルカルチャー - メロンダウト

    現在、リベラル派と呼ばれる人々の主張はようするに「音を言えば社会は変わる」に集約される。音を言えない社会では女性をはじめとした弱者が声をあげるのは難しいので音を言える社会をつくろうとしている。そのために開発されたのがトーンポリシングだったり、マンスプレイニングなどの横文字であるが...そもそも「音を言える社会」は前提からして間違っているのではないだろうか。 普通に考えて音をぶつけあい始めたら社会は壊れてしまう。 みんなそれぞれ考えてることは違うし、大切に思っている事も、何にたいして怒るか、嫉妬するかもそれぞれ違う。どんな人生を送ってきたかわからない他者にたいし、音で議論すること自体が相当に恐ろしい行為であるはずだが、音でぶつかればわかりあえるというのは正直言ってよくわからないのだ。 むしろ議論とは建前を構築することに意味があったのではないだろうか? 社会や国家とはある種の幻想

    本音としてのオープンレター、最終手段のキャンセルカルチャー - メロンダウト
    statsumi
    statsumi 2022/01/28
    いきなりおかしなこと言っててびっくりした."リベラル派と呼ばれる人々の主張はようするに「本音を言えば社会は変わる」"むしろカウンター側が,本音だけ言いたい,という願望/醜悪さをダダ漏れにしてるよね.