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テレビと人生に関するsudanのブックマーク (2)

  • 消えた虎達 - 80年代後半〜90年代前半を回顧するブログ

    2001年から2004年まで放送された投資バラエティ番組 「マネーの虎」(日テレビ系) 百戦錬磨の“虎”(会社経営者) VS 起業希望者 という図式が海外で好評を博し、「風雲たけし城」や「料理の鉄人」のようにフォーマット販売という版権ビジネスで成功しているようだ。 そんなキラびやかさが聞こえてくる反面、番組終了後の百戦錬磨の“虎”達のその後の動向がどうもキナ臭い ◆小林 敬 株式会社 小林事務所 代表取締役 <年商>56億 45歳(当時) 「アホンダラァ! 謙虚になれよ!」 「死ぬ気でがんばってこのザマか!」 「私らかて百戦錬磨の経営者なわけですわ」 45歳にして会長/相談役の風貌を兼ね備えていた小林氏は最も恐れられた虎ではなかっただろうか。 若き起業家達の計画性の甘さへの叱咤には留まらず、終いには人間性の否定まで行い、 起業での成功で得た自信と目の前に積まれた札束がこの猛虎をより強く吠

  • 矢島 学アナウンサーの『自由信念社』|NNN ストレイトニュース ラッシャーさんから学んだこと

    ラッシャーさんが亡くなった。またプロレス界が、寂しくなった。 今週月曜日の5月24日、プロレスリング・ノアのラッシャー木村さんが亡くなりました。68歳でした。6年前に脳内出血で倒れ、入院生活が続いていたラッシャーさん。2004年7月10日のノア東京ドーム大会では、ビデオメッセージにより引退を発表されていました。その後、元気な姿にお目にかかれぬまま、お別れとなってしまいました。今週は、各局の報道番組や情報番組で、ラッシャーさんを追悼するニュースが流れました。かつて金網デスマッチで活躍し「金網の鬼」と恐れられたラッシャーさん。IWA世界ヘビー級の王座にも輝いたり、数多くの団体で激闘を繰り広げてきた経歴を振り返ると、改めてその偉大さを感じます。 私が、日テレビ・アナウンス部・プロレス班に配属になったのは、1996年でした。この時は既に、ラッシャーさんは全盛期を過ぎ、前座の試合で新たな魅力を発揮

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