ブックマーク / kame710.hatenablog.com (263)

  • 2019.2.19 『老いの空白』⑤ - カメキチの目

    カメキチの目 (じつは、前回《それに限らない》の記事はあまりに【引用】が多くて長い、読む気にならないとさんざんケチをつけられました。 「それでも読もうという方にだけ…」と言い返したのですが、「それじゃ、なんでブログを…」と続き、「そりゃあいろいろあるし…」になり、気まずい結果になりそうだったので、「成熟」した私は謙虚に耳をかたむけた。 で、なんどか推敲し短くしたつもりなのですが、これ以上は削れないと思っています。すみません) ④「ある」(存在する)ということ 今回のところでは、鷲田さんは芹沢俊介さんの著作から引用されていた。 (芹沢俊介さんのを私は、さく年の3月5日から5回にわたり『存在論的…』という記事で紹介しました) 芹沢さんは哲学の専門家ではありませんが、「社会的弱者」といわれる人たちの存在を、外(社会との関係)からではなく、「ある(居る)」という個人としての人間の根源、内に深くさ

    2019.2.19 『老いの空白』⑤ - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/02/19
    こんにちは、カメキチさん。どんな人もどんなものもそこに ある だけで尊いのですね(#^.^#)。>「弱いところのそのまた弱いところの、その中の弱いところがすばらしい」  ほんとうにそうおもいます(#^.^#)。
  • 2019.2.15 『老いの空白』④ - カメキチの目

    カメキチの目 ③ べてるの家の試み 「べてるの家」は北海道、襟裳岬ちかくの浦河という町にある精神障害をおった人たちの福祉施設(働き、生活する場)。 べてるの理念、運営、取りくみのすばらしさは以前からさまざまなところで紹介されており、私も働いていたときから知っていました。 (著者の言葉で、あらためてそのすばらしいヒューマニズムを教えられた) 「べてるの家」をつくったのは向谷地さんという元ソーシャル・ワーカー。 鷲田さんは「べてるの家」から学ぶことがいっぱいあったようで、ここでは著者自身、向谷地さんの言葉を多く引用されています。 向谷地さんの、人間のあり方や生き方への深い洞察、その理念というか思想を現場で具体化、実践には驚かされます。 それは狭い意味での「社会福祉」という枠にはおさまりきれないほどのだいじなものだと、鷲田さんはたいへん注目される。 【引用】 「「苦労をたいせつに」 「治る」とい

    2019.2.15 『老いの空白』④ - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/02/16
    おはようございます、カメキチさん。どのことばもこころにのこりました。脆さや弱さはとてもたいせつなものだとあらためておもいました。きょうもカメキチさんほんとうにありがとうございます(#^.^#)。
  • 2019.2.12 『老いの空白』③ - カメキチの目

    カメキチの目 ②〈弱さ〉に従う自由、「弱い者」に従う自由ということ。 「弱い者」とはここでは老人ですが、それ以外の「社会的弱者」と呼ばれる人たちも含みます。 なんで社会全体が「弱い者」、そういう立ち場の人々をまもらなければならないのか? それは自分がいつなんどき、そういう立場になるかもしれないということもあるけれど、そもそも「強い」とか「弱い」とかいうけれどそれはどういうことなのか? 「強さ」「弱さ」という相対的なものを超えたところから人間が生きる、いのちというものをとらえてみなければならないと、著者は言っているようです。 【引用】 「〈弱さ〉に従う自由 他なるものの受容 ひとは自然環境に、他者たちに、依存しないでは生きてゆけない。そして、まるで自立が依存を含まないかのように考えたところに、自然を加工と支配の対象とみるテクノクラシー(技術支配)や、他者たちを管理の対象とみるビューロクラシー

    2019.2.12 『老いの空白』③ - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/02/13
    おはようございます、カメキチさん。記事をよませてもらっていて、じぶんの弱さをたいせつにしたいとおもいました。それは他者の弱さもたいせつにすることにつながるようにおもうのです。ありがとうございます(#^.^#)
  • 2019.2.8 『老いの空白』② - カメキチの目

    カメキチの目 「老い」を考えるにあたって、著者は最初に問う。 【引用】 「〈老い〉はほんとうに「問題」なのか あたりまえの視点 これが「問題」だとは、わたしはおもわない。わたしが、そして身のまわりのひとが、なんらかのかたちでこれを引き受けてゆかざるをえない、ただそれだけのこと… (老いのさまざまな「問題」)が、これは「課題」ではあっても「問題」ではない。…」 ヒトをふくむ生物の一生において「老いる」というのは、別の言葉でいえば「老化」。 誕生から始まった「生きる」の果の姿で、生理的な自然現象、あたり前の姿だ。 ぷりぷり・もちもちが、シワシワ・ザラザラへ。 だから、どのように「老いる」「老化」してゆくかは「課題」なのだが、「問題」ではない。 つまり、避けようのない与えられた「関門」みたいなものであろう。一人ひとりが生きるという営みのなかで試行錯誤してぶち当たり、突破していかなければならない(

    sufuretan
    sufuretan 2019/02/09
    おはようございます、カメキチさん。「成熟」って優しくなることだとおもいます。人は最後まで優しくなりつづけてゆけるものだとおもっています(#^.^#)。きょうもカメキチさんありがとうございます(#^.^#)。
  • 2019.2.5 『老いの空白』① - カメキチの目

    カメキチの目 私は自分を『年より』とか『老人』というけれど、60を越えたら人は立派なそれだと思っている(寿命がのびた現在では時代にあわないといわれるかも)。 だから「老いる」ということには強い関心がある。 現在の自分のことであり、これからますますそれらしくなるから。 「大人」といわれるようになってからの20代、30代、40代、50代。 60になってしまうと、「あっというまにこんな歳になった」としみじみ思う。 それまでと確かにちがう自分を見、実感する。 (鏡に、白髪、シワだらけ、ハゲ、若かりし時代の《少しはあった》輝き・張りを失った己がみえる) 昔のあれこれが思いだされ、なつかしむことが格段にふえた。 それだけではない。 「老い」そのものと、そのちょっと先、続きであり終わりである「死」を思い考える。 中年といわれるころになったら、(家庭生活も順調、仕事おもしろい。いまは幸せいっぱいであって

    2019.2.5 『老いの空白』① - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/02/06
    おはようございます、カメキチさん。老いるって優しいことなのだとおもうのです。ますます優しくなることなのだとおもうのです(#^.^#)。カメキチさんは優しいです(#^.^#)。
  • 2019.1.29 「協力」と「理解」 - カメキチの目

    カメキチの目 はじめに、愛読しているkeroyonさんの1.13の記事を紹介します。 www.zaihamizunogotoshi.com 引用文(河合隼雄)中の「(理解しあう命がけの作業は)一般的に言って、中年になってから始まるといってもいいだろう」 に深くうなずきました。 冷や汗ながらも幸い、「中年(いや老年になっても)離婚の危機」をなんとか乗りきった者としては、感慨がある。 (といっても、けっしてここで「離婚」《または「継続して結婚」》という決断の云々をいうものじゃありません。「結婚」状態をつづけるか「離婚」にふみきるか、どちらが望ましいかは人たちの問題でケースバイケース、千差万別、いろいろ。 結婚は相手あっての問題なので、自分はダメな人間だと自覚していてもそのダメさを受けいれてくれる相手がいれば、そしてそのことをお互いが了解しておれば成りたたせられるので、ともかくふたりの問題であ

    2019.1.29 「協力」と「理解」 - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/01/30
    おはようございます、カメキチさん。人のすべては解らないものだから、信頼がいちばんたいせつのようにおもうのです(#^.^#)。たくさんべんきょうになりました(#^.^#)。カメキチさん、きょうもありがとうございます(#^.^#)。
  • 2019.1.25「世界の人がみな幸せに…  - カメキチの目

    カメキチの目 ならない限り、私の幸せはない」という意味のことを宮沢賢治がどこかで述べていたのが、ふと思いだされた(勘違いかもしれません)。 1月17日、阪神・淡路大震災24年目の夜、『ドキュメント豪雨災害』という新書(副題は「そのとき人は何を見るか」)を読んでいたときのこと。 は、2011年の9月はじめの紀伊半島に甚大な被害をもたらした台風12号による大災害(のちに「紀伊半島豪雨」「紀伊半島大水害」と呼ばれた)を著したものだ。 その豪雨災害は、3月11日には東北大震災があったばかりで、その未曾有の被害、「津波」の衝撃的な恐ろしさ、さく年「原発事故」による放射能禍の不安、また近いうちに起きるであろうといわれる南海トラフの大地震・大津波への備えが大きく注意喚起されるようになり、その心配が強く人々をとらえていたからか、さく年の西日豪雨災害などのようには多くの人に詳しく知られているとはいえな

    2019.1.25「世界の人がみな幸せに…  - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/01/26
    おはようございます、カメキチさん。宇宙をふくめた自然が生みだしてくれたいのちだとおもうのです。いまをだいじにかんしゃをして生きてゆきたいです。きょうもカメキチさんありがとうございます(#^.^#)。
  • 2019.1.22 「家政」③ - カメキチの目

    カメキチの目 このは、とても刺激的で全部おもしろかったのですが、最後にもう一つだけ。 【引用】 第二次世界大戦は内燃機関の総力戦であった。…また、いわば軽量化された機関銃(マシン・ガンつまり機械銃)の多用もまた、近代戦の特徴を示している。…第二次世界大戦は徹底した近代の特性を示しているといえるだろう。… アメリカには戦争に対する固定した観念がなかったことが機関銃の発明を促進した。しかし、ヨーロッパにおいては、機関銃は植民地においてしか当初使用されなかった。それは、機関銃(機械)による殺人(殺戮)が同じ白人にはできなかったことを意味する。機械による殺戮は人間とは認めない異民族(有色民族)においてのみ執行されたのである。これは、機関銃が出現してもなお、戦争がいまだ人間によるぶつかり合い、つまり突撃によっておこなわれるべきだと考える軍人たちの固定観念と根をひとつにしていた… (19世紀の「貧困

    2019.1.22 「家政」③ - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/01/23
    おはようございます、カメキチさん。ほんとうはみんなやさしいのです。いのちはみんなやさしいのです。それでないと、いのちはとだえてしまうからです。そして、いきものでないものたちもやさしいのです。
  • 2019.1.18 「家政」② - カメキチの目

    カメキチの目 【引用】 「アメリカ人家族にとって、持家所有は“アメリカン・ドリーム”の基的な構成要素である。それは高い住宅水準と資産形成を可能にし、同時に家族の成功と安定、そして独立を象徴する。… こうした事態は戦後の日においても共通している。それは、戦後の日の市場の活性化がアメリカのそれを模倣し、アメリカン・ウェイ・オブ・ライフを自らの夢としてきたことによっているといえるだろう。… 土地を整備し家をつけたセットで売るレヴィットの住宅は、日でいういわゆる建て売りの住宅である。… わたしたち日人が想起する戦後「アメリカン・ホーム」のイメージがそうしたテレビ番組をとおして定着するわけだが、そのドラマの番組になったのがアメリカの郊外住宅であった。 しかし、どのような家族関係、家庭生活が理想的なものであるのかは自分たちで考え出すことはできなかった。彼らは、住宅や家電やクルマを手にした過剰

    2019.1.18 「家政」② - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/01/19
    おはようございます、カメキチさん。わたしは生まれてからこれまで賃貸住宅にすんでいます(#^.^#)。それで良いとおもっています(#^.^#)。洗濯機の無い時代はたいへんだったろうなぁっておもいました。
  • 2019.1.15 「家政」① - カメキチの目

    カメキチの目 最近、『家事の政治学』(題名を聞くだけではかたそうな)を読みました。 かたそうでも、書名に惹かれた。 との出あいも偶然で(どなたかの紹介でも「偶然」)おもしろい。 読みたくて借りたではなく、(図書館を検索していて)たまたま目につき、おもしろそうと思い借りました。 これは大当たりだった。読んでよかったです。 ーーーーーーーーーー 「家政」とは、「家事」を(家庭内にとじ込めず)家庭外のさまざまな社会的な視点からもみた広い表現らしく、定義はいろいろあるようです。 言葉を聞いて、私は中学生だった大昔、一週間に一授業、男子は「技術家庭」女子は「家庭」という授業科目があったことを思いだしました。 (いまの若者には「信じられない」と言われそうだが、昔は公の教育でも「男は外」「女は内」と豆まきみたいなことが通っていた。当時はいくら戦後民主主義教育といっても人々の意識がひとりでには男

    2019.1.15 「家政」① - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/01/16
    おはようございます、カメキチさん。家庭でのお仕事(家事)はとってもだいじなものだとおもうのです。家政のお話のこれからをたのしみにしています(#^.^#)。
  • 2019.1.11 『浅見…』 - カメキチの目

    カメキチの目 作家、故・内田康夫さんの浅見光彦・殺人事件シリーズのテレビドラマをみました。 み終わって、なんども「よかったなあー」と思った。 好きな「感動もん」ではなかったのですが、登場人物たちの笑顔場面がとても多く、「殺人事件」が起きないとこの手のドラマは成り立たないので、人は死ぬけれど、その場面が最低限なのが年始にふさわしく、ほんとよかったです。 【物語】 舞台は、伊豆の修善寺(このシリーズは主人公が旅のルポライターなので、「秘境」といわれそうな寂れた地域がよく出てくるけれど、そいう雰囲気を感じさせるのは古寺、竹林、天城トンネル、ワサビ田…くらいだった)。 登場人物は、従業員を家族のように愛する小さな老舗温泉宿の温和な夫婦と従業員の仲居さんたち。 ここに泊まり、心からのもてなしを受けて大満足の若い娘さんと定年を迎えたやさしいお父さん(死ぬことになる)の親子。と別れたお母さん。 このシリ

    2019.1.11 『浅見…』 - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/01/12
    おはようございます、カメキチさん。やさしい人たちやおだやかな風景がたくさんでてくるのですね(#^.^#)。それだけでたのしいとおもいました(#^.^#)。きょうもカメキチさん、ありがとうございます(#^.^#)/。
  • 2019.1.8 抱負 - カメキチの目

    カメキチの目 それは暮れのころだった。これまで思わなかったようなこと(似たことは思ったことありますが)を強く思われた。 とてもイヤなことに遭い、知り、自分ではどうにもならぬ、無力感に襲われたとき、これからはそう思おう、そう受けとめようと決めた。 (新年からの「抱負」にしよう) 沖縄辺野古の米軍基地を新たにつくるための海の埋めたて工事が始められた。 先の知事選で埋め立て反対という県民意思がはっきり示されているのを無視しての強行…。 沖縄のことだけではない(4日にはイエメンのことを書いたばかり。きのうは敬愛する方が「原爆」のことをお書きになったばかり)。 ↓ recoca1940.hatenablog.com ニュースを知って、首をかしげること、怒りがおさまらないことがあり過ぎる。 政治・経済だけでなく、「あおり運転」、自分の不満を世にぶっつけた事件など個人が犯す事件も。 そんなことでも、時が

    2019.1.8 抱負 - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/01/09
    おはようございます、カメキチさん。きょうもたくさん勉強になりました。ありがとうございます。やさしくて誠実なカメキチさんがいつまでもおげんきでいてほしいです(#^.^#)。
  • 2019.1.4 イエメン内戦 - カメキチの目

    カメキチの目 (正月はめでたいというのに、「100歳」とは別の気が重くなる記事でゴメンなさい) 12月のある日の午後、「ちょっと寝るわ」とツレが言う。 なぜ?と聞けば、 夜中にトイレに起き、それから(夕方のニュース番組でみた)イエメンの涙も流れない大きな瞳、小枝のようなやせ細った身体、しかし下腹部だけが異様にふくれ上がった(栄養失調)子どもたちの姿が思いだされ、なかなか眠れなかったと言う。 ※グーグル画像さんからお借りしました。 アラビア半島の南端っこがイエメンです。 ーーーーーーーーーー ニュース番組とは、NHKの『これでわかった! 世界の今』。 イエメン内戦で、飢えにひんしているたくさんの子どもと母親のうつろなまなざしがテレビカメラに。続いてその映像がこっちを見つめる。 (アフリカの飢饉と貧困救済のために、『We Are The World』というチャリティソングがつくられ、故・マイケ

    2019.1.4 イエメン内戦 - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2019/01/05
    おはようございます、カメキチさん。奥さまのきもちがよくわかります。この世界の生きものさんたちも、そうでない物さんたちも、おだやかにくらせるようになりますように。きょうもカメキチさんありがとうございます
  • 2019.1・1.1 放下著 - カメキチの目

    カメキチの目 あけましておめでとうございます。 年もよろしくお願します。 放 下  著 ほう げ じゃく どの禅語のにも初めのほうに載っているくらい有名な言葉です。 (突然の事故に遭って身体障害者となり、「どうしたもんじゃろ?」とボッーとしていたとき、たまたま屋さんの目につくコーナーに禅語の紹介している文庫が並べてあるのを手にとり、気にいってすぐに買った) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 他の禅語もそうですが、解釈・紹介はおおかた同じでも、小さなことやニュアンスは述べる人によってさまざまです。 私が出あったそのには、意外なことが書かれていた。 ↓ 財物など目に見えるモノはもちろん、名誉・地位といったような社会的な「飾り」(といって悪ければ「価値」)ーここまではよくわかるー だけでなく、「記憶」や「思い出」といったまったく個人的、精神的な、心に属するものまでといわれるの

    sufuretan
    sufuretan 2019/01/01
    あけましておめでとうございます! カメキチさん(#^.^#)。>放下著 始めて知りました。>心の内まで「断捨離」  きもちよくたのしく生きてゆけます(#^.^#)。おしえてくださってありがとうございます(#^.^#)/。
  • 2018.12.28 100歳 - カメキチの目

    カメキチの目 ※ご注意 「100歳」はめでたく正月をひかえてピッタリですが、記事は暗くなりそう(すみません)。 録画していた『人生100年時代を生きる』(NHKスペシャル)をみました。 前・後2回の大型番組で、NHK(担当制作者、スタッフのみなさん)の強いメッセージが感じられ、私は初回のはじめの場面が強く心に残りました。 ↓ 車イスに乗った100歳をこえた(こえてしまった)男性お年寄りひとり、弱々しい声をふりしぼるようにつぶやかれる。 「100歳になってもワシは生きている、生きていることが悪いことのように思われる。何も悪いことしていないのに…」(そのままの言葉ではありません) 朝日新聞の「折々のことば」という連載をされている鷲田清一さんの『老いの空白』という。次の一節が痛感されました。 【引用】 「何かを生みだすのではなく、「ただいる」ということだけでひとの存在には意味がある… 「ただい

    2018.12.28 100歳 - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2018/12/29
    おはようございます、カメキチさん。よませてもらっていてかなしくなりました。おもいやりの世界であってほしいとつよくおもいました。きょうもカメキチさんありがとうございます(#^.^#)。
  • 2018.12.25 修行 - カメキチの目

    カメキチの目 中学生のとき、教師によくいわれた。 「わからない言葉があったら辞書をひいて調べよう」 「面倒くさくてもそうしよう」と そんな昔もすでに、教科書にあわせた参考書(通称「虎の巻」)はありました。 (いちいち辞書をひかなくても、苦労して調べたり考えなくても、「先生、教えてください」と頭をさげなくても、「虎の巻」は一発で正解がわかる) 「いいものがある」「〇〇も持っている」と親(とくに母)にうまいこと言って買ってもらったことがあります。 【余談】 「ラク」という魅力には勝てない。学校の勉強も同じ。 しかし、ラクして身についたものはラクに忘れます。 (そのことがわかるのはずっと先、大人になってから) 子どもに「ラクはダメだよ」と説教してもダメだと思う。 しかし、「ラク」の反対、「辛い」と大人が感じることでも(それを「ラク」とまでは思わなくても)子どもにはあまり抵抗のないこともありそうで

    2018.12.25 修行 - カメキチの目
    sufuretan
    sufuretan 2018/12/26
    おはようございます、カメキチさん。情報はあるいみで暴力にちかいものもあります。やさしくおだやかに生きてゆきたいわたしです。きょうもカメキチさんありがとうございます(#^.^#)。
  • 2018.12.22  自分で考える-(内田さん④) - kame710のブログ

    カメキチの目 「自分で考える」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 内田樹さんは思想、哲学の先生なので著作にはときどき教科書に載っている人が出てきます。 『街場の読書論』から【引用】 「カントの真骨頂はここからだ。「公的」であるとは、「枠組み」などなく考えることだ。そして、一つだけ「公的」である「枠組み」が存在している。それは「人間」であることだ。 カント『啓蒙とは何か』冒頭部分 「啓蒙とは何か。それは、人間がみずから招いた未成年の状態から抜けでることだ。未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができないということである。人間が未成年の状態にあるのは、理性がないからではなく他人の指示を仰がないと、自分の理性を使う決意も勇気ももてないからなのだ。… カントは別の箇所で「考えるという面倒な仕事は、他人が引き受けてくれる」とも書いた。それは、既成の「枠組み」に従って考える

    2018.12.22  自分で考える-(内田さん④) - kame710のブログ
    sufuretan
    sufuretan 2018/12/23
    おはようございます、カメキチさん。>「自分で考える」  わたしのだいすきなことばです(#^.^#)。そのほうがたのしいからです(#^.^#)。きょうもカメキチさん、ありがとうございます(#^.^#)。
  • 2018.12.18 ブログへの思い - kame710のブログ

    久しぶりにブログへの思いを書きます。 【「はてな」を始めるまで】 ・12年まえ障害を負ってからの1年間は休職。その後、職場復帰。復帰はしたものの到底いぜんの仕事はできず、「リハビリ勤務」を認めてもらい週2、3日の勤務。 時間によゆうがあり、これも「リハビリ」と思いhpを作った。が、読み手がいるかどうか怪しく、そっちはやめてブログに変えました。 ・数あるなかで「はてなブログ」にしたのは、たまたま見たネットで「はてな」がやりやすいとの記事をみたからです(偶然)。 【「はてな」を始めてから】 ・「他のブログをやっていたかもしれない」。そうしたら他の人たちと知りあっていたに違いありません。 「たまたま」というのは人生にとって決定的です。みかたによれば、人生そのもの。 そう思い、読者のみなさんとの「たまたま」の出あいをたいせつにしたい。 (それが「縁(出あい)をたいせつ」にしていることになるのかどう

    sufuretan
    sufuretan 2018/12/18
    こんばんは、カメキチさん。>フシギを生きるのがおもしろい。  ほんとうにこの世界はふしぎでいっぱいです。>「たまたま」の出あいをたいせつにしたい。 はい、たいせつにします。きょうもありがとうございます
  • 2018.12.14 空気を読む-(内田樹さん③) - kame710のブログ

    カメキチの目 「空気を読む」 昔からあった言葉なのだろうが、よく使われるようになった(よく聞くようになった)のは、それほど古くはない気がする。 私は若いときは聞かなかった。初めて耳にしたとき、「空気の成分を理解する」とは思わなかったが、すぐにはわからなかった。ヘンなことを言うと思った。 鈍い私でも、その言葉の前に「場の」がつけば「雰囲気」を連想し、「空気」は「雰囲気」のことだなとわかる。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 内田さんの言葉。 『街場の読書論』から【引用】 「場の空気を読む」という、来は「おとな」の言葉が、高校生の間で流行しているという事実にまず驚いた。というか、気持ちがわるかった。 次に、KYが「空気を読む」とか「空気を読め」という意味ではなく、「空気が読めない」という否定形の略だということに、いやな気がした。来、この表現は「空気を読め」という「心得」であろう。そ

    2018.12.14 空気を読む-(内田樹さん③) - kame710のブログ
    sufuretan
    sufuretan 2018/12/15
    おはようございます、カメキチさん。「KY」、人を黙らせてしまう、本当にこわいことばだと感じていました。もっとおおらかなやさしい世界になってほしいです(#^.^#)。きょうもカメキチさんありがとうございます(#^.^#)/。
  • 2018.12.11 言葉 - kame710のブログ

    カメキチの目 言葉 コトバ ことば だいぶ前、朝日デジタル(10月26日)に「誠に遺憾に存じます」という記事があった。 題名「誠に遺憾に存じます」のとおり、「不徳の致すところ」など政治家や企業のリーダーが自身のまちがいや不手際を相手に謝るように見せながらうまくその場をやり過ごす切り抜ける卑怯な態度を、古田徹也さんという哲学者が指摘されたもの。 【引用】 「言葉が平板化すれば世界が平板化する。…だからこそ、言葉の豊かな可能性を信頼し、しっくりくる言葉を探し当てようともがき、待ち続けなければなりません。そんなの面倒だと思われるかもしれませんが、しっくりくる言葉が見つかり、その言葉で話すのは、そもそも快く、楽しいことですよね。その充実感や喜びを手放さず、閉じゆく世界の可能性を開いてくれる言葉を増やしていく…」 私は、「しっくりくる言葉」という言葉がピンときた。 もう一カ所の言葉もピンときた。 【

    sufuretan
    sufuretan 2018/12/12
    おはようございます、カメキチさん。言葉はほんとうにほんとうにむずかしいです。でも言葉がすきです(#^.^#)。カメキチさんの言葉もすきです(#^.^#)。