その頃わたしは冷暖房のない部屋に住んでいた。2月なんかに1日中家で仕事をしたりすると、どんなに分厚いフリースにくるまっても、ブランケットを何重に巻きつけても、日が翳りはじめる頃には、身体が芯まで冷えた。 銭湯を楽しむようになったのは、たぶんその部屋に住んでいたときからだと思う。東京は北千住の、下町の商店街からひとつ路地を入ったところにあるその家は、5畳の広さしかない1Kだったけれど、東向きの気持ち良い窓がお気に入りで、遠近感がぎゅっとパックされた妙に落ち着く空間だった。 下町だけあって、近隣には10を超える銭湯があった。冬、寒くてやりきれないとき、あるいは後になってからは、銭湯に行くための口実にわざわざ厚着するのをやめて身体を冷やしたりなんかして、わたしはそれらの銭湯に通ったのだった。立派で広いけれどいつも混雑している銭湯、老人ホームのような印象の銭湯、ビルの1階に最低限の設備だけ整えたシ