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ブックマーク / number.bunshun.jp (7)

  • チェコ史上初の「野球テレビ中継」、選手の本業は「地理教師・消防士・金融アナリスト」…WBCチェコ代表を“絶対好きになる”話(水次祥子)

    相撲、どこに行ったら見られるの? 屋根のある球場だけでなく、選手たちのほとんどは日に来ること自体が初めて。だからこそ目にするものすべてが新鮮だった。ジーマはうれしそうにこう続けた。 「日文化べ物も気に入ったよ。スシに、ラーメン。何ていう名前だっけな、あのラーメンは……。とにかく辛くておいしかった。日文化や伝統もいいね。お寺とか、細かいディテールにこだわるところとか」 ディテールとは? 「例えばレストランで、箸の置き方とかもてなしの仕方とか。何でもきちんとした決まり、約束事がある。(土俵に上がってから儀式がある)相撲もそうだよね。実はすごく相撲を見に行きたいと思っているんだ。どこに行ったら見られるの? 連れていってほしい」 そう言って人懐っこそうな笑みを浮かべた。 チームの大黒柱は「業・消防士」 チェコ代表は、昨秋にドイツで行われた予選A組(ヨーロッパ・アフリカのチームが出場

    チェコ史上初の「野球テレビ中継」、選手の本業は「地理教師・消防士・金融アナリスト」…WBCチェコ代表を“絶対好きになる”話(水次祥子)
    sukeroc
    sukeroc 2023/03/11
  • 「欠点は人間の言葉を喋れないことぐらいだ」デムーロと“運命の馬”ネオユニヴァースの信頼関係はこうして生まれた(並木ポラオ)

    ゼロ年代前半、短期免許で来日していたM.デムーロ騎手。その活躍は広く知られるが、デムーロ騎手は日競馬で史上初となる「外国人騎手による日ダービー制覇」をした騎手でもある。イタリア人ジョッキーの運命を変えた1頭の馬、ネオユニヴァース。そのダービーでの走りに、ファンは魅了された。 競馬を愛する執筆者たちが、ゼロ年代前半の名馬&名レースを記した『競馬 伝説の名勝負2000-2004』(小川隆行+ウマフリ/星海社新書)から一部を抜粋して紹介する。〈クロフネ編、ハルウララ編に続く〉。 ◆◆◆ ネオユニヴァースという馬を思い出すとき、多くのファンはミルコ・デムーロ騎手を思い浮かべるのではないだろうか。彼やクリストフ・ルメール騎手が毎週のようにレースに騎乗していることに何の違和感もないが、ネオユニヴァースで大レースを勝った当時のデムーロ騎手は「短期免許で来日中の」という枕詞がついて回っていた。 “短期

    「欠点は人間の言葉を喋れないことぐらいだ」デムーロと“運命の馬”ネオユニヴァースの信頼関係はこうして生まれた(並木ポラオ)
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    sukeroc 2023/02/23
  • 「オレよりすごい奴がおった」清原和博が父に伝えた衝撃。「真澄はショックだったみたいです」一方の桑田も…《KKのPL学園秘話》(鈴木忠平)

    甲子園で史上最多の通算13塁打を放った清原和博と、同じく最多の通算20勝をあげた桑田真澄。高校野球史上最強のチームといわれたPL学園の投打で活躍したふたりの逸材は入学直前に出会い、お互いに刺激を受けていた――。 ベストセラー『嫌われた監督』で大宅賞、講談社ノンフィクション賞、ミズノスポーツライター賞の3冠受賞を果たした作家・鈴木忠平氏の待望の新刊『虚空の人 清原和博を巡る旅』より一部抜粋してお届けします。(全3回の1回目/#2、#3を読む) 翌1983年の3月、井元は数人の中学生たちを鹿児島の指宿へ連れていった。その春にPL学園野球部に入ってくる精鋭を集めて合宿させた。その中には清原と桑田もいた。 まだ入学前の生徒に合宿をさせるのは、いくら全国的な強豪として知られるPL学園といえども初めてのことだった。厳密に言えば認められていないのかもしれなかった。だが、井元は彼らを引き合わ

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    sukeroc 2022/08/06
  • 中止と無観客が続く今だから考える。猪木vs.マサ斎藤、巌流島決闘の意味。(堀江ガンツ)

    レフェリーすらもいない状況下で戦った猪木とマサ斎藤。両者血だらけでフラフラな状態のまま2時間以上にわたる“死闘”を演じた。 2月26日、政府が新型コロナウイルスの感染拡大防止に向け、今後2週間の全国的なスポーツ・文化イベント開催自粛を要請したことで、各スポーツイベントの開催中止や延期が相次いでいる。 プロレス界でも、すでに3月14日までの興行中止を発表していたスターダムを始め、同じブシロード傘下の新日プロレスも3月15日までの大会中止を発表。DDTも系列ブランドの東京女子プロレス、ガンバレ☆プロレスも含め3月8日までの全大会を中止。さらにプロレスリング・ノアも春のビッグマッチ、3.8横浜文化体育館大会の延期を発表するなど、影響が広がっている。 そんな中、26日に新日プロレスとスターダムの木谷高明オーナーが、Twitterで以下のような投稿をし、ファンの間でも賛否両論の声が上がった。 「

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    sukeroc 2020/03/02
  • 宮藤官九郎の『いだてん』執筆記。「辛さのレベルは全然違いますが」(宮藤官九郎)

    1月6日に始まった大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺』。 その脚を執筆する「クドカン」こと宮藤官九郎氏が Number970号「テニス開幕特集 ラブゲームで行こう」(2019年1月17日発売)に寄せた連載エッセイを、今回だけ特別に全文公開します! 『いだてん~東京オリムピック噺』が1月6日スタートしました。 いかがでした? 大河でした? 大河じゃない! と言われましても、2話から唐突に信長や龍馬を出すわけにもいかないので、そこは諦めて1年間お付き合い頂きたい。 2019年の大河ドラマでオリンピックを描く。これ、ひょっとして翌'20年の東京オリンピックを盛り上げるために巧みに仕組まれた国家的プロパガンダじゃない? そんな邪推を、この場でハッキリ否定します。そんな大それた企画だったら俺んとこなんかに来るわけないじゃない。 意外かもしれませんが、こちらから持ち込んだ企画なのです。「大河で

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    sukeroc 2019/01/22
  • 甲子園決勝は本当に明日でいいのか。金足農業・吉田輝星の投球数が……。(氏原英明)

    過去に何度も見た光景だった。 表現としては“末恐ろしいピッチャー”だ。 秋田県大会からすべてのイニングを1人で投げぬいている金足農のエース・吉田輝星がまた、快投を見せた。 準決勝の日大三戦では、2点を先行すると、そのアドバンテージを最大限に生かすピッチングを展開。ピンチに陥ってもしっかりと間を取り、走者のスタートを一歩ずつ遅らせ、打者に対しては変化球を低めにコントロールして、ギアを上げたストレートで強力打線を黙らせた。 5試合連続完投勝利は見事というしかない。 限界を超えていてもおかしくない心身の状態でありながら、それでも快投をみせる。 しかし、吉田のような投手をみたのは過去に1度や2度ではない。 「投げないという選択肢はなかった」 2006年の斎藤佑樹(早稲田実)しかり、2008年の戸狩聡希(常葉菊川)、2010年の島袋洋奨(興南)、2013年の高橋光成(前橋育英)……。筆者が取材現場に

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    sukeroc 2018/08/21
  • 25歳での急逝にフィギュア界が衝撃。カザフの星、デニス・テンの思い出。(田村明子)

    7月19日、カザフスタン出身のフィギュアスケーター、ソチオリンピック銅メダリストのデニス・テンが死亡したというショッキングなニュースが報道された。 タス通信によると、テンは故郷のアルマトイでテンの車のミラーを盗もうとしていた2人組みの男と口論になり、ナイフで右太腿を刺されたという。 通行人が救急車を呼んで意識不明になっていたテンはERに運び込まれたが、3リットルの血液を失って手術中に死亡が確認された。 まだ25歳だった。 タラソワの秘蔵っ子だったテン。 デニス・テンは1993年、韓国系カザフスタン人の両親の元に生まれた。5歳でスケートを始めたが、当時アルマトイには屋外リンクしかなかった。 「母親にたくさん重ね着をさせられて、着膨れして当時のぼくはまるで氷上のカボチャみたいだったんです」と、子供時代を回想して笑いながら語っていたテン。 その後2004年にモスクワに拠点を移し、エレナ・ブイアノ

    25歳での急逝にフィギュア界が衝撃。カザフの星、デニス・テンの思い出。(田村明子)
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    sukeroc 2018/07/20
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