80度に熱せられた湯に浮かぶ繭から、かつて「女工さん」と呼ばれた女性たちが、魔法のような手さばきで糸を引き出していく。「男はダメ、昔っから。向かないんですよ。同じことの繰り返しに見えるけれど、扱う繭は毎日違うし、細かな工夫が必要な仕事です」。長野県岡谷市の『宮坂製糸所』の二代目、宮坂照彦社長は、その繊細な作業を自らはできないと笑う。 『宮坂製糸所』は、日本で唯一、今もこのような手作業で生糸を生産し続けている製糸所だ。こうした製糸所・製糸工場では蚕の繭から天然繊維(糸)を取り、それを何本かより合わせて生糸を作る。この生糸を精錬したものが絹だ。 農水省などの調べによれば、ピーク時の昭和34年には全国に1871社あった製糸工場は、今は7社が残るのみ。うち2社は世界遺産登録間近の旧富岡製糸場と同様の大規模な器械製糸を行っており、残る5社は『宮坂製糸所』を含む「国用製糸場」と呼ばれる小規模な製糸所だ