1 ぼくが小さい頃、町内に歯医者がありましたので、歯が悪くなると必ずそこに連れていかれました。 昔の歯医者ですから、玄関で靴を脱いで、目の前を横切る薄暗い廊下の向こうに小さな窓で受付をして、待合室に入ります。 今思い出すと、その待合室には、いつも他の患者はいませんでした。 呼ばれて、診察用の椅子が一つしかない板張りの診察室に入りました。 痩せて、神経質な感じの歯医者が待っていて、無愛想に診てくれます。 悪い魔法使いの家に行ったような感じ。 今と違って、回転数の遅い、ゴリゴリと頭に響く歯を削る機械で、ものすごく痛い治療をします。 耐えきれず、ぼくが泣くと、その歯医者は道具を置いて怒り出します。 付いてきた母親が、なんとかぼくの機嫌をとって、ずいぶん長い時間をかけて拷問が続きました。 そのうち、その歯医者に行くと、まずぼくの口を開けさせるのが母の最初の仕事になりました。 小さかったので、他にも