幸三君は、足が悪くて歩くのが億劫、車を運転していた。彼はもう歳だったが、免許を返納していなかった。それは良いことではなかったかもしれない、でも皆仕方なしにしていることだった。 運が悪かった。事故だったのだ。ブレーキとアクセルの踏み間違え。車を運転する人なら誰にでもあるリスク。 87歳まで彼は懸命に生きてきた。勉学に励み、東京工業大学に進学。身を粉にして働いて家族を養ってきた。努力が認められ勲章を授かった。きっと彼自身も、彼の周りの人も受勲を誇りに思ったことだろう。しかし、彼の輝かしい経歴は、たったひとつのペダルの踏み間違えで大きく変わってしまった。 阿鼻叫喚の交差点の真ん中で、フロントにドン、ドン、とぶつかる小さな女の子や母親に頭を真っ白にして、心配する妻に対して「…どうしたんだろう」と呟いた。わざとではなかった。しかし自分の運転する車は人を殺していたのだった。 気が動転したのかもしれない