私的録音録画小委員会、見直し議論は「補償の必要がある」ことが前提? 補償制度の必要性について検討した前回の会合では、私的複製によって権利者などが受ける損失の有無について意見が対立。「議論が入口で終わっている」という声が多かったことから、今回の会合では「議論のたたき台」として、仮に補償の必要性があるとした場合の資料が提出され、議論が進められた。 小委員会で「そもそも論」が多く出るということは、言い換えると、委員から補償金の必要性や存在意義について疑問が出されているということだ。 それなのに、補償金の存続した場合の資料を提出し議論を進めていこうとするんだから、無茶ってもんである。 議論が入り口で終わっていることが不満であるのなら、入り口から奥に入っていこうとするのが普通のやり方というもので、この場合それは、市場や私的複製の状況を再調査、再検討して、権利者に本当に損害が出ているかをはっきりさせる