なんで、IQ高い天才と呼ばれている奴って、物理とか天文とか現実問題とかけ離れたところにばっかり行って、 世界の紛争とか貧困とか、そういう皆が苦しんでいる深刻な問題を解決しようとは思わないんだろうか? (後者は見るからに困難な道だから?前者は安全で承認欲求も満たせて快適だから?) 前者のテーマに向かう人は、IQの高さで測りやすいけど、 後者のテーマに向かう人は、IQで測れない何らかの数値が高いんだよね。きっと。 ちなみに、いくら文明が発達したとしても貧困と紛争は解決しない。
最近、心が疲れているのか天使を探している。ネットの中や、街の雑踏、高層ビルの天辺、路地裏何処にもいない。天使たちは地上の汚れた空気を吸うと死んじゃうのかなあ。他の人を救うのに忙しいのかなあ。悪い人たちに殺されちゃったのかなあ。自分が天使になれればいいのにと思った。僕は天使になれない。僕はキモメン男だ。透き通るような肌の誰から見ても美しいと思うお顔と体、そして白い美しい羽を下さい。天使になりたいんです。ツイートする
息を吐くように嘘を吐く人がどうしてもダメなんです。 たとえば、こちらのエントリーに出てくる夫さんのような人です。(夫さんは直接関係ないですごめんなさい) 夫が全てを台無しにする http://kaishaku01.hatenablog.com/entry/2014/08/21/095809 息子が「パパの会社はどこにあるの?何の仕事をしているの?」と聞くので、夫の仕事が素晴らしいものであると持ち上げつつ説明しようとした所、どこからともなく現れたさっきまで寝ていたはずの夫が 「パパはね、公園でハトに餌をあげているんだよ。今日は雨だから辛い一日になるかな…」 などと説明しだした。 頭ではわかっているんです、これが他愛ない冗談だというのは。 でも、なぜか許せず、イラッとしてしまいます。 そんな嘘をついて、誰にとって何の意味があるのか、私にはさっぱり理解できないからかもしれません。 息子さんにわか
常識を疑わずに、常識的な正義を振りかざして自分は正しいんだって信じている人が私の周りに何人かいる。 例えば出生前検査と中絶について。 私は検査後に中絶をすることを選んだ人も、中絶をしないことを選んだ人も、そもそも検査をしなかった人も、それぞれの理由に納得できる。 だから、どうするのが理にかなっているのか、倫理的に問題がないか、考える。 それって普通の事だと思ってた。 どうして人を殺してはいけないのか?という命題もそう。 でも、その人はそんなこと考える事無く 常識的に刷り込まれた常識的な判断にそって判断してるだけのように見える。 私が「出生前検査で染色体異常が見つかった場合、中絶する人の気持ちもわかる。倫理的にどうしても納得出来ないけど、それも選択肢のひとつなのかなぁ」と言うと その人は「あんたばかじゃないの、そんなの人殺しなんだからだめに決まってるじゃない」って私に言いながら、軽蔑の表情を
ネットの掲示板を見ると80年代、90年代のエンターテイメントは良かったとかなり聞く。 TSUTAYAで80年代、90年代のアニメのDVDを借りて見る。 タイトル数が豊富でしかも面白いものが沢山ある。 ナデシコ、Lain、マクロス(シリーズによる)、トップを狙え。 有名なアニメ監督も80年代、90年代から沢山輩出されている。 ゲームを見ても今では聞いたこともないゲーム会社が挑戦的なソフトをpsで出している。 ネットはオタク専門のもので、運動部に所属するDQNやリア充のような人間は利用していない非常に中身の濃いものであった。 秋葉原も今とは違いアングラな雰囲気の濃い街だった。 今はどうだろうか。 ゴミみたいなアニメタイトルばかり。 ネットはゴミみたいなSNS、糞な商業主義、政府による監視だらけ。 課金だらけのゲーム。 秋葉原はゴミみたいなニワカアニオタ、娼婦などのクソみたいな女が這う街になった
前いた会社を辞めた時に、部下がくれたアドバイスを思い出した。 部下は新人のときから、びっくりするほどできるやつだった。 同僚の三倍程度の仕事量をてきぱきとこなし、涼しい顔で毎日定時に帰っていく。上司の俺が何も指示していないときに、社内を歩きまわって、同僚や先輩に仕事を「お願い」していた。 けれども、そいつを悪く言うやつはいなかった。笑ったときのえくぼが印象深い奴だった。 俺は会社でパッとしない上司をやっていた。 経験だけはあったが、他にその役につく人間がいないという理由で、ロケット鉛筆のように押し出されてそのポジションに付いた。 かつて新人だった頃は、プログラマーとして四苦八苦しながら、作る喜びを糧にしていたものだった。 だが月日が経って、机の位置が変わった。プロジェクトを指揮するようになった。部下が増えた。いつしか俺はコードを離れ、代わりに人間を扱うようになっていた。 責任が増えると共に
「人の話の聴き方が上手い人には共通する特徴があって、それは列記するとこのようなことだと思う。」と彼は言った。 1.人の話をおもしろがって聞く。 2.なにか広がりそうなところがあると、そこを聞いてみる。 3.相手がなにを話しても、攻撃的にならず、たしなめ方が上手い。 4.自分の話もするのだけど、それはあくまで対比としてする。 5.自分の話をするときは、たいてい、一歩下がった位置でおもしろおかしい失敗譚が多い。 6.相手が話したがりそうなところを見つけるのが上手い。 7.話し手を全肯定する。 8.ちょっとぐらい矛盾があってもつっこまない。 9.相手の話を否定しない。 etc…… これってなんなのだろうと考えると、ホスト・ホステスの話の聴き方に近い。 ひとことで言えば、話し手を主役にするのが上手い人なのだと気付いた。 上司にすごく話の聴き方が上手い人がいたことがあって、課長待遇ぐらいの人だ
人の本性って、やっぱり無意識だったり余裕がない時に現れるよな。 例えば、これは今日の出来事。 俺と上司は出張先からの帰り、一時的にはぐれてしまった。 俺は上司が先にバス停まで行ったのだと思い込み、またバスの発車時刻までギリギリだったので、よく考えずに急いで乗り込んだ。 でもバス内に上司はいなかった。 仕方がないので、メールを送った。 「すみません、○○さん(上司)が先にバスに乗ったものだと思って慌てて乗ってしまいました。」 この時点で俺は軽い笑い話になるだろうなと思っていた。 だが上司からの返事はこうだった。 「まず何で電話しないの?出口付近で待っていたのに。というか俺がお前を置いて何も言わずにバスに乗るようなヤツだと思われたのがショックだわ。」 この話の駄目ポイントは以下の3点である。 ・電話をするということすら思い浮かばない機転の利かなさ ・次のバスだってあるのに、上司を探すことよりも
http://uxlayman.hatenablog.com/entry/2014/07/06/205350 http://anond.hatelabo.jp/20140707131839 自炊派のために「これ買っとけ」をリストにしておくわー。 まずは食洗機。パナソニック1択。 http://panasonic.jp/dish/ ひとりなら「ぷち」でいいけど、結婚するかもしれんなら大きい方がいい。 食器を買うときは食洗機に入る大きさを意識すること。 食洗機にはいらない食器なんて買ったら食洗機の意味が無いからな。 包丁は本鋼がいい。鋼と比べればステンレスやセラミックなんておもちゃの包丁だ。 鳥の皮とか刺し身のサクを切った時に違いがわかる。 鳥の皮がスパッと切れるし、刺し身の角が立つ。 どれ買っていいかわからなければ貝印銀寿の16センチくらいの船行包丁を買っとけ。 穂岐山刃物の黒打の三徳包丁も
28歳童貞。あまりにもモテないので、半年程前から婚活を始めた。 婚活パーティーや異業種交流会、知り合いから誘われるイベントなんかに積極的に参加してみたわけだ。 そしたらこの半年で、5人のマルチ勧誘員と出会ってしまった(男も含む)。 そこで今回は、純真なアラサー男子の良心につけ込もうとしたこの世のクズ共を紹介しよう。 ケース1 粘着ババア まあ、そもそも大体において奴らは粘着ババアなのだが、こいつが1番粘着だった。 会社の後輩に誘われて参加したよく分からん飲み会で出会ったこのババア。 (30代前半なので全然ババアではないが、敢えてこう呼ばせてほしい。精神的にババアということだ。) 「次の日、ボードゲーム大会があるんだけど、良かったら一緒に行かない?」 その頃の俺はマルチの手口なんて全く知らなかったもんだから、「これは出会いを広げるチャンスやで~!」とばかりに快諾した。 しかし分かる人ならすぐ
というか、自衛権自体いるの? 行使したほうがいいの? 仮にさ、仮に、中国だか韓国だか北朝鮮だかの軍隊が攻めてきたとき、 いざ戦争して守ろうとすると、お互いに結構な人が死ぬでしょ。 自分や自分の家族が死ぬ可能性だって大いにある。 あと住んでる町がめちゃめちゃにされる可能性もある。 それならさ、宣戦布告か最初の攻撃をされた時点で、即降参してさ、 その国の侵略を受け入れちゃえばいいんじゃないかと考えたんだよね。 そりゃ今まで通りの生活はできないだろうけど、生きてるし、 生活インフラも整ったままだし、経済活動もそのままさせた方が侵略国に とってもメリットありそうだから、仕事もある程度ある気がするんだよね。 考え甘いかな? 失業するのは、国会議員と公務員くらいじゃない? あれ?あ、そういうこと?だから戦争してまで、「日本」という国の形に固執するのか?! 日本という国は大好きだけど、それを守る手段とし
ここ数年怒らないのをモットーとしている。 怒った所で自分も相手も疲れるだけで良い部分はひとつもないから。 逆切れしたくなる所を先手を打って謝り、怒らせた私が悪いと詫びるようにした。 (怒ると叱るは区別したうえで) そうした自制を続けていると、他人に対してイライラする事がなくなった。 心に余裕ができたつもりでいたけど、やっぱり何かつっかかる。 イライラが減ったとはいえ、同じ相手に些細なことで何度も怒られるとさすがに腹が立ってくるわけで、 「なんでこの人こんなに怒るんだろう、しんどくねえのかなあ」くらいには思うわけだ。 で最近ようやく気付いた。 人に対する感度や要求が減ったんじゃないかと思い始めた。 自分が怒らないでいるデメリットとして、人間的な感性の一部を欠落させているのではないかって。 もともと感情表現が下手なのも相まって色々失っている気がする。 本当の意味で心を楽にしたい。
マンガ、小説、何にせよ、ロマンが無い。 想像力をかきたててくれるものがない。 人と人の間にある何か以外のことが何も書かれていない。 そんなものは間に合ってるんだよ。
「ガンダムUC」の最終話ついてちょっと書きたい(ネタバレあり)。 最初に立場を明らかにしておくと、増田は、典型的な富野信者であって、ガンダムプロレスにはあんまり興味がもてない人間だ。バイアラン・カスタムとかシュツルム・ガルスのトコとか、こんな意味ねーシーン全部削って、会話に尺まわせよと怒っていた。そーいう面倒くさいやつが書いたもんだという前提で読んで欲しい。それと後半は電波。富野信者なので。 で、この「ガンダムUC」、MSチャンバラについては絶賛されているが、ストーリーの方は賛否両論がある。だが私は批判することに意味があるのかと当惑している。こーいうのは、主張者が主張した内容をマジに信じている、という前提がなければ、なりたたない。私は、そこが信じられないのだ。 「UC」最終話を劇場で見て愕然とした。「送り手はこの物語のメッセージをまるっきり信じていないのではないか」と衝撃を受けた。この作品
はがないの星奈とか超電磁砲の眼球しいたけおばさんとかまどマギのマミさんのような、 いかにも男受けしそうなホルスタインで子供を孕むためだけに産まれて来たような挑発的なカラダをした年端もいかない美少女が これでもかという位汚いおっさんやヤンキー共の肥やしにされているけど、 本当はそんな設定とか過程とか関係なく、ヒロインが汚される事に苛立ちを覚えるのかもしれない。 例えばヒロインが主人公にしか心を開かない一途なタイプであれば、余計寝取られた感じがあって気分が悪い。 そういうのをあえて狙った作りで、二次作者があとがきで「これは意図して書きました」とかこうあって欲しい願望が列挙されていると 無性に腹立たしく思う。 原作はこれを何故許してるんだろうって。 ヒロインが犯される事はつまり原作を穢す原作レイプに当たるわけで、元々そういう事にフリーだ!と公言してる原作者であれば問題はないのかもしれないけど、
辞めてから一年以上経ってもう時効だろうから書くが、俺はコルセンで派遣やってた。 どんなことをやってたかは詳しく書かないが、いわゆる受信業務で客からの問い合せに答える業務だった。 まあ、このご時世にコルセンにわざわざ電話をかけてくるんだから、お察しの通り、性質の悪い客が多い。ネット通販関係だったから余計にひどかった。だから実質的には苦情受付だ。もっとも、下っ端派遣だから俺は苦情を受け付けるだけで、実際の後処理は上の奴がやっていたが、それでも冷静さを完全に失って罵声を浴びせてくる客の相手をするのは面倒くさいし、かといって対応しなかったらしなかったらで上からはどやされるから、ここでなんとか踏ん張らないといけない。 そんなある日のこと、特にひどい苦情の電話を処理した後、ツイッターで派遣先の会社名とコルセン関係の単語を並べて検索した。ツイッター検索は個人的な趣味で、クレームをつけてきた奴が呟いていた
単純に気になるから教えてくれ。 ざっと思いつくのは、以下のパターンあたりかな。 賛同派:記事に対して賛同するのでホットエントリ目指して1票。吊るし上げ派:記事に対して否定するので拡散・炎上目的でホットエントリ目指して1票。ノリ派:よく分かってないが盛り上がってるのでとりあえず1票。ホットエントリした記事に多い。特定ブロガー信者派:記事が書かれたら何も考えずにブクマ。ちきりんとか。乱れ撃ち派:見たページを片っ端からブクマ。1日数百ブクマする猛者もいる。ブクマだけで満足派:計画だけ立てて勉強しない中学生タイプ。自己啓発系の記事に多い。後で読む派:時間がないのでとりあえずブクマ。大体は後で読まれない。セルクマ派:記事を書いたのでとりあえず自分でブクマ。
疲労とストレスで病気になった。 病気自体は大したことないけど、そこに至るまでのストレスが半端無くキツかった。 原因は、中間管理職が悩みそうなこと。 人の問題って、自分でどうこうできないところにもあるから苦しい。 よく、ストレス耐性の高い人は「あきらめる」「気にしない」など言うが、 あきらめてしまうと自分がもっと苦しくなる。 会社を経営している人、役員に近い上司、人を管理する立場にある人は、 もっと普通の人、弱い人のことを考えないといけないと思う。 経営者や役員、管理職は、もちろん能力的に優秀な人が多い。 ただ、その優秀さを社員に、またパートにまで求めるな。 「なんでこんな簡単なことができないの?」 「仕事がしんどい?決めたことだからやれよ」 これ、曲がりなりにも人の上に立つ人が言う言葉か? こんな職場で、だれが楽しく働けるか? もっと厄介なのが、本人にはいわず陰口だけ言って、自分では何の行
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