2010年7月26日のブックマーク (1件)

  • 「朝まで生テレビ」は「ディベート」ではありません - (旧姓)タケルンバ卿日記避難所

    で「ディベート」がどうも勘違いされている原因として、次のふたつがあるんじゃないかと思っております。 オウム真理教と上祐史浩氏 議論テクニックとしての狭義の「ディベート」という言葉が注目を浴びた最初のきっかけに、1995年当時、オウム真理教の広報部長として活動していた上祐史浩氏の存在があげられます。 「ああ言えば上祐」という言葉があったくらい、あらゆる批判に対し雄弁に反論する彼の姿がテレビ上などで繰り返し放映されていた。その彼のバックボーンに、学生時代のディベートにおける活動があり、その面が過剰にクローズアップされた結果、上祐氏が雄弁であることをディベートに紐付けられた。 「朝まで生テレビ」と田原総一朗氏 もうひとつが現在も放映されている「朝まで生テレビ」と、その代名詞的存在とも言える田原総一朗氏。 テレビ番組の中で、最もメジャーな討論番組ということもあり、「ディベート=討論・議論」とい

    「朝まで生テレビ」は「ディベート」ではありません - (旧姓)タケルンバ卿日記避難所
    tennteke
    tennteke 2010/07/26
    「ザ・コーブ」についてのひろゆき氏はディベートをやってた。本心は「どうでもいい」で、「否定する人がいないから僕が否定側になりましょう」って、好き嫌い抜きのロジックで討論を努めた。