2016年6月11日のブックマーク (1件)

  • 廣松渉と「九州男児」の政治哲学と革命論。 - 文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

    👈応援クリックよろしくお願いします! 私も九州出身(鹿児島)なので、「九州男児」とか「薩摩隼人」とかいう言葉には敏感である。私は、ほとんど使わないし、正直に言うとあまり好きではない。むしろ大嫌いと言った方がいい。田舎者の図々しい郷土自慢、田舎自慢の匂いがするからだ。つまり、私には、この言葉は、口先だけの「田舎者の大法螺吹き」の代名詞にしか聞こえない。 しかし、廣松渉が頻繁にこの「九州男児」という言葉を使っていたとすれば、それは別である。廣松渉は「田舎者の大法螺吹き」とは無縁な人間である。廣松渉のような人が、この「九州男児」という言葉を使ったとすれば、そこには何か深い意味があるはずだ。廣松渉は、この言葉にどういう意味を込めたのだろうか。私の推測では、「言行一致」「不言実行」「知行合一」・・・という意味を込めて、「九州男児」という言葉を使っていたのではあるまいか。 廣松渉と「廣松渉の弟子達」

    廣松渉と「九州男児」の政治哲学と革命論。 - 文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』