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BigBangに関するtigertissueのブックマーク (7)

  • FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(7) - AnotherB

    【民主党懇談会について】 BB「懇談会が、実際には工作の場になんかなり得なかったのは、松永さんも僕もあそこにいましたから。笑 あんな状態ですから、民主党も。それはわかっているわけです。でも、それは行ってわかったことで。行く前にどうだったのかと。あの頃はもう脱会はしていないけれど、松永さんの言葉だと「不良信者」だったんですよね?」 松永「そうです。どうやって抜けようかと。例えば、教団にいるときって、通帳も経理担当者に預けなければならないんですね。自分で使えない状態になっていた。それで、1999年頃に「ネットランナー」に書いた記事の原稿料をサイバッチのAさんに受け取ってもらって、プールされていた。これを脱会資金として取り戻したというわけです。」 BB「それは教団にいるときに仕事をした分ですね?」 松永「そうです。そうやって準備していた。それから、懇談会で出した名刺ですけれどね、信者が、偽名の名

    FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(7) - AnotherB
  • FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(6) - AnotherB

    【河上イチロー時代と脱会】 BB「河上イチローの時は偽装脱会だったと御堂岡氏は言っているけれど、当のところはやはり偽装だったんですか?」 松永「・・・偽装というより・・あれは「分派」。あの頃は、とにかく破防法適用を逃れるために、何でもやろうということだった。オウム流だけではダメというか。いろんな方向を探ろうと。でもやっているうちに僕は夢中になってしまったので、どんどん外れていってしまったんだけれど。破防法をかけられてバラバラになったとしても信仰は保てるように、という話があったのです。 BB「松永さんの名前が削除されているという、公安調査庁に提出されているはずの名簿は見られないんですか?私たちは見られないのはわかりますが、松永さんも見られないんですか?」 松永「教団に言えば見られると思います。あと、自治体などが公安調査庁に請求すれば見れます。」 BB「実際に確かめてみないと当に名簿から削

    FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(6) - AnotherB
  • FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(5) - AnotherB

    【サリン事件】 BB「教義と運営をわける松永さんの考え方は、私にはそれなりにわかるところもあった。知らんくせに教義に突っ込むなとみんなに言われたけれど、そこに突っ込まないと松永さんを理解することはできないと思う。しかしわからないのは、問題のヴァジラヤーナの教義(「五仏の法則」教義)は別として、その他の教義に殺人の要素が全くなく、殺生は厳しく禁じられていたと。犯罪に手を染めた幹部が、もしも教義を守っていたとすれば、「教義に反する運営」がなされたということになりますが、それがわからない。なら幹部は教義を守っていなかったということなのですか?」 松永「そこは、・・・・やはりマハームドラーだったかもしれないと思います。前にも書いたけれど、あの人(麻原)ならやるかもしれないと。つまり失敗させようと思って、故意にやらせたという要素があるのではないかと。波野村、あるでしょう?あそこへの移転の日時は占い

    FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(5) - AnotherB
  • FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(4) - AnotherB

    【「松永英明」で今後もやっていく】 BB「ところで、これからも松永名で仕事するんですね?河上イチローから松永英明に変わった様に、また変えてしまうとかいうことはないですか?」 松永「ないです。出版社も認めてくれているんだから、今後はずっと松永英明でやっていきます。名前変えるべきだと言われたって、名前を変えて仕事をやっていたら、こいつが実は旧松永だ、とか騒がれて意味がない。すでに、別のペンネームにやってるに違いないがそれは何だ、と探っているような人もいる。だから、変えない。変えるとしてもブログで公開することになると思います」 BB「わかりやすいからね、松永さんの文体。(笑)・・でも器用だから・・」 松永「きっこ口調でやるとか (笑) 人の文体は真似できるけれど、それをずっとやるのは無理ですからね。僕が興味のあることを書けば、また見つけられる」 BB「今後も松永英明名でやっていくのは僕は賛成だし

    FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(4) - AnotherB
  • FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(3) - AnotherB

    【手記】 BB「手記は書いておられるんでしょう?まだ」 松永「今は中断しています。あれは、はてなグループの公開「停止」設定にしただけですから。とりあえず中途公開をしないことにしたんですが、あんなに書くのが大変だと思わなかった。特に事件周辺はナーバスな要素多くなりますから」 BB「やっぱり精神的にきついですか?」 松永「というより、特に事件前後のところは、大事なところだから事実関係で間違えてはいけない。調べて書いていくと当に大変。その途中で、ああいう風に曲解されて中傷されると余計書けなくなる。」 BB「思うんですが、来、中途で公開するというのは無理だったかもしれませんね。僕も途中までは、簡単に考えていたけれど、読んでいるうちにこれは大変な作業だったんだとわかってきた。松永さんは入院中にほとんど書き終えていたのかな?と思っていたんですが。最初はもう少し軽く考えていたんじゃないですか?」 松

    FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(3) - AnotherB
  • FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(2) - AnotherB

    私は「絵文録ことのは」を多少読み始めたくらいの段階で、いったん松永さんに会っている。言うまでも無く民主党ブロガー懇談会である。その後2次会にも行き、永田町の駅まで行ってAaさんと一緒にホームで世間話をした。だから、松永さんという人がどんな雰囲気の人かは、前から知っている。ブログを読んでイメージを作ってから人に会うというよりも、先に人に会ってから、ブログを丁寧に読み始めたという順であった。 おそらく多くのブロガーがそうであると思うが、書くエントリーのイメージと実際の人のイメージは会ってみると結びつかないが、松永英明さんという人も例外ではない。時としてブログ上での彼はエキセントリックで攻撃的であることが見受けられるが、実際の彼は非常に物腰の柔らかい人である。 エントリーやコメント欄で、時には激しく応酬しあいながらも、その彼の「雰囲気」を、最初から知っていたことが、私にとってまだ救いだった

    FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(2) - AnotherB
  • FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(1) - AnotherB

    2005年10月31日に私は、泉あいさんの企画した民主党のブロガー懇談会と呼ばれる催しに出席した。ところがその後、2006年3月7日に発売されたFLASH3月21日号に野田敬生氏が『オウム信者が民主党に「宣伝戦略」を指南!』を掲載。「オウム信者」とは、「絵文禄ことのは」の著名ブロガー松永英明さんのことであった。また、松永さんが、懇談会当時オウム真理教の出家信者であったこと、かつて「河上イチロー」と呼ばれる著名なネットワーカーと同一人物であったこと、そして当時大きな話題を呼んでいた「きっこの日記」の作者ではないかという疑いも記されていた。 その後、長くこの件は、オウム信者の政治関与の問題として、様々なブログで波紋を呼び、いくつものブログが炎上に近い状態になり、時には関係した人たちをひどく苦しめることになった。いわゆる「ことのは問題」である。もちろん当事者である松永英明さんの被った精神的負担は

    FLASH報道から1年・松永英明さんとの対話(1) - AnotherB
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