ニーチェは本書『権力への意志』の前半(第1書~第2書)で、キリスト教道徳に代表される既存の価値体系をコテンパンに批判した。その仕方はあまりに痛烈だったが、ニーチェにとって、そこでの批判はあくまで新たな価値体系を打ち立てるための準備作業でしかなかった。後半(第3書~第4書)に収められているのは、まさにこの新しい価値体系を打ち立てようとする試みだ。 以下ではニーチェの言い分がどの程度妥当なのかに注意しつつ、彼の議論を確認していくことにしよう。 認識=欲求に相関した価値解釈 まずはじめにニーチェは、「認識論的出発点」として、認識の原理的考察から取り組む。 「神は死んだ」とか「愛せなければ通りすぎよ」など文学的な表現を好んで使うニーチェが、認識の原理論から入るのは意外かもしれない。しかしニーチェの議論が私たちにとって価値をもつとすれば、その理由のひとつはここにあるといっていい。なぜならこの原理論が