オルタナティブな生き方が、社会の中で大きくならない理由:ちきりん×phaの「そんじゃーダラダラと」(6)(2/3 ページ) ちきりん phaさんが言うように、1人1人はそれでいいんですよね。自分がやりたいように生きていればいい。ただオルタナティブな生き方が「社会の中でもっと大きくなるか?」といえばならないと思う。なぜかというと、オルタナティブの生き方が大きくなるにはリーダーシップが必要だから。だめ連の本が出たときには、多くの人が彼らの生き方のコンセプトを知ることができたので「自分も規則正しい生き方を押しつけられるのはおかしいと思っていました」という意見がたくさん出てきました。 共感する人が増えれば、彼らのような人間が増えシェアハウスなども増えるかもしれない――と考える人もいたようですが、そうはならなかった。当時はインターネットがなかったから難しかったのかもしれませんが、もう1つ足りなかった
大きな消費的な時代の流れの中に我々は飲み込まれ、問うべき重要なことと向き合えていないのではないか ——— そうした危機感から、人々が死をはじめとした根源的な問い(自らの人生の理想的なあり方や幸福観、死生観など)に向き合う機会を作ること、つまり人々が「生きること、死ぬということを問い直す」ための一助となること、「死を問い直す」ことをテーマに掲げ、本連載『トイナオ死』は始まった。 第三回である今回は、日本を代表する哲学者である國分功一郎さんを訪ねた。國分さんは駒場にある東京大学大学院総合文化研究科で教鞭をとっており、スピノザを始めとする西洋哲学を研究しながら『暇と退屈の倫理学』(2011)や『中動態の世界――意志と責任の考古学』(2017)、『目的への抵抗—シリーズ哲学講話—』(2023)などの著作を発表している。 とりわけ、『暇と退屈の倫理学』(以下、『暇倫』)は私にとって重要な著作である。
コンサルタントをやっていた時、「この人、コンサルタント向いてないよなあ」という人が何人も中途で転職してきた記憶がある。 例えば「本を1か月に10冊読む」という課題をやらない人。 いつも時間ギリギリにしか行動せず、重要な会合に遅刻する人。 自社の「目標」の達成度合いを気にせず、お客さんの成果にも無関心な人。 別の仕事や、前の会社では許されたかもしれないが、たいてい「コンサルタント」としてはうまくいかない。 私が在籍していたコンサルティング会社は、上のような「問題行動」には非常に厳しく、該当者には「コンサルタントとしての活躍は難しい」と、はっきりと告げていた。 「勤勉さ」は身につかない こうした事例を何度も見るにつけ、私は 「勤勉さ」 「時間を守る」 「目標遵守」 などの行動特性は、たとえ厳しく注意をしても、ほとんど身につかないか、改善したとしても、結局一時的なものにとどまる、という事を知った
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