この説は、毎日新聞の1951年(昭和26年)8月29日に掲載されている。 この説によると、「ちゅう」の語源は平安時代の「重二(ぢゅうに)」まで遡る。「重二」とは、平安時代に流行っていた双六で用いられていた用語で、2のゾロ目のことであった[2]。その後、読みは清音化されて「ちゅうに」「ちゅう」と変化したと言われている。 「ちゅう」が2ゾロで4、「ちゅうちゅう」で4+4=8であり、これに8の代表例である蛸の足とを掛けたとする説である。なお、先の新聞には掲載されていないが、「かいな」とは上腕部を意味する古語であり、「たこ・かいな」を合わせて「蛸の足」とする派生解釈も存在する。 この説は、江戸の俗語を多数取り上げている『俚言集覧』などに由来する。 この説で、上の書の中で、『童謡集』の「ちうじ、ちうじ、たこのくわいが十ッ丁」を指して「重二重二タコを加へて十」と解釈していることを根拠としている。「重二