ブックマーク / suumo.jp (6)

  • 戦わなくてもいい街「両国」で、僕は戦い続ける。(文・横川良明) - SUUMOタウン

    著: 横川良明 東京は、戦いに行く街だった 大阪生まれの僕にとって、引越してきて17年になる今も、東京は戦いに行く街だというイメージがある。BUMP OF CHICKENの『車輪の唄』を聴きながら夜行バスに揺られること8時間。降り立った新宿のビル街は、目も眩む威容だった。 新卒で入社したのはテレビ業界。会社の所在地が銀座であることが、ミーハーな僕のひそかな自慢だった。だけど昼も夜もないAD業務に音を上げ、あっという間に退職。その後、南青山、丸の内で働いたのち、28歳でフリーランスのライターという道を選んだ。思えば、職場を選ぶ決め手の6割くらいがエリアだった。ミーハーにも程がある。 エンタメ業界を取材して回るようになってからも、赴く先は華やかなエリアが多かった。恵比寿、六木、中目黒。初めて訪れたときはおっかなびっくりだった足取りもすっかり慣れ、合間に立ち寄る人気のカフェやダイニングが取材の

    戦わなくてもいい街「両国」で、僕は戦い続ける。(文・横川良明) - SUUMOタウン
    tossyhtn
    tossyhtn 2022/10/11
  • 青春と大人、あるいは上野と秋葉原の間で。モラトリアムと御徒町(文:淺野義弘) - SUUMOタウン

    著者: 淺野義弘 住んでいる場所を聞かれたとき、最寄りじゃない駅名で答えている。「御徒町」と言うより、「上野と秋葉原の間」と答えたほうが、相手に伝わりやすいからだ。3年前、不動産屋に連れられてやってきた僕にとっても、「御徒町」は正直言って、あまりピンとこない地名だった。 そもそも、2022年現在「御徒町」という住所は存在しない。1964年に行政上の区分が変更され、それまで「御徒町」と「仲御徒町」だった地名が「台東」や「上野」になったそうだ。だから、今となってはなんとなくこの辺かな?という認識をみんなが持ち合わせている、ふわっとしたエリアなのだ。 地名の由来は、江戸時代に下級武士である「御徒(おかち)」が住んでいたことにあるという。JR御徒町駅の東側には宝飾品店が並んでいるが、これは浅草寺をはじめとした寺院で扱う仏具や、吉原などの歓楽街で需要のある贈答品を作る職人が多くいたことの名残らしい。

    青春と大人、あるいは上野と秋葉原の間で。モラトリアムと御徒町(文:淺野義弘) - SUUMOタウン
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    tossyhtn 2022/08/03
  • 近鉄奈良駅と鹿とビブレと、バンギャルの私。(文・蟹めんま) - SUUMOタウン

    著: 蟹めんま 90年代、奈良盆地に住んでいた私のバンギャル活動 私はビジュアル系バンドが好きな「バンギャル」と呼ばれる部類の人間だ。バンギャルになったのは小学生のころで、全盛期は中高生時代。そのころ、私は奈良県奈良市に住んでいた。 「若いバンギャル」というと、全国のライブを飛び回っている姿を連想されることが多い。だが、私はV系アーティストをCDや映像、雑誌のみで嗜む、今で言う「在宅ファン」だった。当時の奈良にはライブやサイン会が来なかったからだ。 とはいえ奈良は大阪・京都に出やすいので、越県して現場に行く人は山ほどいた。だから「奈良だからしかたなく在宅だった」というのは言い訳かもしれないのだけど、中学生の私には往復1000円以上の交通費が重かったし、門限を破って親と衝突する度胸もなかった。都会への憧れを内に秘め、奈良盆地内での小規模なバンギャル活動にいそしんでいた。 近鉄奈良駅と鹿 当時

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    tossyhtn
    tossyhtn 2021/11/16
    久々に記事を読んで笑いが止まらなくなった。奈良ビブレやもちいど周辺の香りや時間の流れが蘇るような、秀逸で愛しさに溢れためっちゃええ記事。読めて良かった。
  • 横浜のハズレから想う、なんだかんだで「ヨコハマシカ」|街と音楽 - SUUMOタウン

    著者: サイプレス上野 自室、スタジオ、ライブハウス、時にはそこらの公園や道端など、街のあらゆる場所で生まれ続ける音楽たち。この連載では、各地で活動するミュージシャンの「街」をテーマにしたエッセイとプレイリストをお届けします。 ◆◆◆ 俺が住んでいる街は横浜です。2021年の8月には41歳になります。 一時期、東京の永福町や藤沢に住んでいたこともありましたが、41年間ほとんどの間、横浜に住んでいます。 ちなみに現在は横浜駅から3駅隣の戸塚駅に自宅と、生まれ故郷であるドリームハイツにヤサ(スタジオ兼作業場)を構え、その2つを行き来する毎日です。 まさか自分が戸塚駅のそばに住居を構えるとは思ってもいませんでした。が、大人の責任として後輩たちに「ラップだけでも頑張りゃ駅チカに住めんぞ」と伝えたく虚勢を張って購入しました。大ヒットが出ない限り、死ぬまでローンですが(笑)。 さて、この記事を読んでい

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  • 髭男爵・山田ルイ53世さんの上京物語。ブレイクして初めて「東京に来た」感じがした - SUUMOタウン

    インタビューと文章: 戸部田誠(てれびのスキマ) 写真:関口佳代 進学、就職、結婚、憧れ、変化の追求、夢の実現――。上京する理由は人それぞれで、きっとその一つ一つにドラマがあるはず。地方から東京に住まいを移した人たちにスポットライトを当てたインタビュー企画「上京物語」をお届けします。 ◆◆◆ 今回の「上京物語」にご登場いただくのは、お笑い芸人・髭男爵の山田ルイ53世さん。 成績優秀で「神童」と呼ばれ、地元・兵庫県で有数の進学校に合格しながらも、中学2年生から引きこもりに。大検を取り大学に通うも中退し、「逃げるように」上京したそうです。 短くない下積みを経て「ルネッサーンス!」のフレーズとワイングラスでの乾杯漫才で大ブレイクしましたが、その後、テレビ仕事は激減し「一発屋」と呼ばれるようになりました。現在は、執筆業で再び注目を浴びている山田さん。そんな激動の東京生活について伺いました。 6年

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    tossyhtn
    tossyhtn 2019/03/14
    ほんまええこと言うなぁ。
  • DPZ・林雄司さんが選ぶ「経堂」の好きなところ〜私がこの街に住む3つの理由〜 - SUUMOタウン

    あなたが、その街に住んでる理由は何ですか? 商店街の雰囲気がいい。すてきなカフェがある。アクセスがいい……。住む人それぞれが思う“街の好きなところ”を知りたくて、「私がこの街に住む3つの理由」という企画を立ててみました。今回は「デイリーポータルZ」のウェブマスター・林雄司さんに、「経堂」の魅力を教えてもらいました。 経堂……東京都世田谷区にある街。小田急電鉄線の「経堂駅」があり、新宿方面へのアクセスがいい。また、東京農業大学をはじめ、さまざまな学校があるため学生が多い。駅の北口には「経堂すずらん通り商店街」、南口には「経堂農大通り商店街」など、商店街も数多くあり、住みやすい街として人気がある。駅前の再開発により、2011年には「経堂コルティ」というショッピングモールがオープンした。 ◆◆◆ 「経堂に住み始めて今年で5年目です。前は大田区の石川台に10年くらい住んでたんですが、会社が新宿に移

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