糸柳和法 一 宇木と付き合い始めてから三年が経った。彼女と同棲する部屋の窓から外の景色を見やると、高い日差しの中を川沿いの桜並木が今にも咲きそうにつぼみを膨らませているところで、花見の下見をしているのか、若い男が辺りを眺めながら歩いている。春の風が吹き込み青い草の香りがして、部屋の奥では、彼女がキッチンで音を立てている。 宇木と共にこの桜並木を歩いたことは何度かあるが、最も印象に残っているのは去年の今頃のことだった。桜は満開を少しばかり過ぎたところで、はらはらと花びらが散っていて、辺りには出店が並び、二人でただ黙ってそこいらを歩いていて、そこへ通りかかった、前を見ずに走る子供が、手にしていたたこ焼きを、彼女のストッキングに包まれたふくらはぎへ向かって取りこぼした。彼女の顔がほんの僅かに歪むのを辛うじて認めることはできたが、すぐに冷静な顔へ戻ると手で素早く汚れを払い落とし、子供に涼やかな顔で
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く