天使が舞い降りて、乙女に救い主の懐妊を告げる、いわゆる「受胎告知」「聖告」「生神女福音(しょうしんじょふくいん)」と呼ばれる場面は、キリスト教美術では「磔刑」の次に多く描かれる人気の主題です。なぜなら、神が神としての性質を保持しながら、ひとの肉体を纏って地上に降り立つ「受肉」という重要な教義を表すと同時に、「救世主の到来」という新しい時代の幕開けをも示しているからです。 しかし、この主題が重視されるようになったのは、胎となった聖母マリアへの崇敬の高まった5世紀以降のこと。新約聖書で「受胎告知」について記しているのは「ルカによる福音書」(紀元後90年代)のみです。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネが伝える四つの福音書のなかで最も古い「マルコによる福音書」(紀元後60年代)は、イエス30歳の出来事である「洗礼」からはじまっていて、「受胎告知」を含む幼少期の記述はありません。長いけれど重要なので引用し