今朝、友人と電話で話したこと。昨年12月のクーリエ・ジャポンに掲載された「拝啓 伊藤詩織さん」と題された記事について。少しのつもりだったのに、記憶が記憶を引き出すように互いに言葉が止まらなくて、1時間近く私たちは話した。 ローマで6人の女子大学生が性暴力被害にあった1993年春、私たちは海外に卒業旅行に行く“女子大生”だった。「女子大生レイプ」はオジサン向けメディアの「娯楽」だったのか、白熱した週刊誌は扇情的に事件を書き散らしていた。多くは「ブランド好きの頭も尻も軽い女子大生が陥った罠」といった、女性の落ち度を強調するような報道姿勢だった(その中でも『週刊現代』は当初から被害女性に取材し、強姦神話に陥ることない報道姿勢だった。この時のことは近々発表する記事の中で記したいと思う) あの当時、私たちは何を思っただろう。これを書くのは本当に恥ずかしいことだが、私は自分が「6人もいたのに、どういう