義経、そして千本桜。『義経千本桜』という外題は、主題を端的に示しているかのようです。美しい言葉の響きに、咲き誇る桜のなかへしだいに消えゆく、定めを負った人々の姿が見えるようです。 人形浄瑠璃や歌舞伎の題名には、ふつう二行に割って書かれた、主題や内容を暗示的に記す、副題のようなものが付けられることがあります。これを角書(つのがき)と呼び、本作においては、「大物船矢倉/吉野花矢倉」と添えられています。 軍記物語を素材とした浄瑠璃にふさわしく、左右に「矢倉」の字を配しています。矢倉は、武器庫のことを指しますが、「戦(いくさ)」と読み替えてもよさそうです。 しかし『義経千本桜』は、義経が合戦で活躍する作品ではないのです。戦いの場面もありますが、義経は積極的に戦おうとはしません。かつて西へ追われて滅ぼされたはずの平氏の武将たちが、自らもまた追われ滅ぼされようとしている義経へ襲いかかるという設定のなか