ブックマーク / note.com/lucaspoulshock (2)

  • J-POPはアニメの下請けになったのか?|みの

    1. なぜ「音楽そのもの」を語ると怒られるのか一つの楽曲を巡って、これほどまでに「正解の語り方」を求められる時代があっただろうか。最近公開した4の批評動画に寄せられた反応を分析していると、僕たちはいつの間にか、音楽を聴く際の「ある強力なルール」に支配されていることに気づかされる。 サカナクションの山口一郎氏が放った「音楽ジャーナリズムは死んでいる」という言葉への回答として、僕は「怪獣」「ライラック」「AIZO」「アイドル」の批評動画を立て続けに公開した。焦点に据えたのは、和声の動きやリズムの設計、アレンジの選択、サウンドの文法、そして歌詞の表現。今の時代を象徴する楽曲を、純粋に音楽として解剖するのが狙いだ。 しかし、公開のたびにコメント欄へ押し寄せたのは、これまでにない種類の反応であった。 「原作を無視して批評するな」「アニメを観てから語れ」「タイアップの文脈を無視している」。 当初は一

    J-POPはアニメの下請けになったのか?|みの
    twikkun
    twikkun 2026/03/11
    「批評」と「批判」を取り違えてそうなブコメがいっぱい観察される
  • 僕はなぜ「音楽そのもの」を価値づけようとするのか—批評の流派をめぐって|みの

    共犯関係からの脱却。なぜいま「問い」を投げるのかサカナクションの山口一郎氏が放った「音楽ジャーナリズムは死んでいる」という一言。あの言葉を受け、僕は自分なりの回答として、サカナクション「怪獣」、そしてミセス・グリーン・アップル「ライラック」の批評動画を公開した。 現在の音楽ジャーナリズムは、その産業構造上、ネタの供給元であるミュージシャンやレーベルを真っ向から批判することが難しい。結果として角の立たない「優しい言葉」ばかりが流通し、「なんとなく褒める」という役割に回収されてきた。そんな側面があったように思う。 振り返ってみれば、僕が運営してきた「みのミュージック」も、少なからずそうした空気感を共有するコンテンツだったという自覚がある。楽曲の魅力を分かりやすく伝え、リスナーの入り口を広げることに主眼を置く一方で、作品に対する価値判断や、ふと感じた違和感を正面から引き受けて語ることについては、

    僕はなぜ「音楽そのもの」を価値づけようとするのか—批評の流派をめぐって|みの
    twikkun
    twikkun 2026/02/01
    これ、フットボールにおける「ピッチに答えがある」って話と繋がるな〜
  • 1