文:高栖匡躬 これまで2度に渡り、”犬のウンチとご近所の立ち話”という観点から、人間の社会化について考えてみたのだが、もう一つ大事な話題に、触れるのを忘れていた。 前回は、”ウンチの一般化”という、新しい切り口を提示したが、今回はそれに、とても近い話題だ。 筆者は愛犬のウンチを、”ウンチ”とはっきり言えるようになるまでには、幾つもの葛藤を乗り越えてきた。もしも始めからストレートに、”ウンチ”と言える人がいたとしたら、それは大変な胆力を備えている大人物だ。驚嘆せざるを得ない。 ところで、筆者が最初にウンチのことをどう呼んでいたかだが、実ははっきりと覚えていない。なぜ覚えていないかというと、恐らくその対象物を、名詞では呼んでいなかったのだと思う。それを想起させる別の言葉で代用してきたのだ。 例えば我々が居酒屋に行って、尿意を催したとしよう。恐らく100%に近い人たちが、「ちょっとトイレに――」
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