イオンをジャスコと呼ぶ JRを国鉄と呼ぶ 首都大学東京を都立大学と呼ぶ よみうりランドを後楽園遊園地と呼ぶ 関根勤をラビットと呼ぶ 思い付いたら他にもどうぞ
ドローンの由来は開発ストーリーから来てる。猛吹雪の夜に、ある女の子が交通事故で意識不明になった。全米で1、2をあらそうレベルの名外科医が治療にあたった。大量の輸血剤が必要になった。急いで手配したが、渋滞で残念ながら間に合わなかった。医師は嘆いた。「何が名医だ、技術があっても、必要なものが手配できなきゃ救えないじゃないか」 医師は、あるロボットの開発に乗り出す。しかし、その構想を聞かされた周囲の人はあざわらった。「そんなのできっこないよ」「高給をすててなにやってんだ、バカだなぁ」医師はひとりぼっちになった。それでも、諦めなかった。あの状況で、あの女の子を助けるためには、これを開発するしかない。同じ状況で、違う女の子を助けることが、彼女の生をより有意義にできるんだ。そう信じて、貯蓄を使い果たし、家や車を売り、資金に当てた。 そして医師はついに、一人でやり遂げた。医師に敬意を表して、ロボットは名
経営者がな、資金を得てくるためにどれくらいの苦労をしてるか知っているのか。 日々減っていく資金に怯えながらも、 周りの社員達にはそんな姿を見せず、 何度も何度も資料を作り直し、 色々な場所へ足を運び、 持ち上げつつも資金を出す気がない相手に頭を下げ、 話がまとまったと思ったら記憶にない条項が追加され、 こんな条件は飲めないと言ったらじゃあ破談だと言われ、 それでも諦めずになんとか引っ張ってきた大切なお金なんだよ。 ここから改めて頑張っていくためのお金なんだってのは当然分かってるんだよ。 お前らは誰かが大学に受かった時にもおめでとうって言わないのか。 舞台に登ったことも無い奴が外側からぐだぐだ言ってるんじゃねえよ。
ISISに殺された後藤さんと湯川さん。 今テレビなどでは後藤さんがいかに偉大な人物だったかみたいな報道がよくされているんだけど湯川さんは??って感じになる。 まあ確かにTV的にはジャーナリストだった後藤さんの映像は入手もしやすいし報道しやすいのかもしれないんだけども。 どこかで無意識に人の命は平等だなんて思いこんでいたのだけれども、今回の件から命は平等じゃないと痛烈に再認識させられた。 個人レベルの話でよくよく考えてみると、例えば自分の奥さんと赤の他人が同時に誘拐されたとして、どちらか片方だけ助けられるのだとしたら躊躇なく奥さんを選ぶだろう。 そもそも人の命なんて平等じゃないんだなあ。
中田考さん(イスラム法学者でムスリム)が叩かれてるようなので、ちょっとだけフォローしたい。 (なお自分はムスリムではないし、かの美しいと有名なクルアーン(コーラン)も注釈でしか触れたことがない) ワリと面倒くさい宗教であるイスラーム六信五行なんて訳されることもあるが、ムスリムは義務としての決め事が多い。 判りやすいところでいくと、ザカート(Zakat)というのがあって、これは義務的な施しにあたる。 翻訳の難しいところで、これは税金として解釈されることもあるし、喜捨つまり寄付の一種と看做されることもある。 財産税による社会福祉と言うのが実体に近く、アッラーフに寄進して、それを皆が使う、という再分配機能になっている。 と、言うようにイスラームというのは宗教であるのだが、その根幹が社会制度になっている。 王様が世捨て人を経て悟った宗教とか、大工の息子が突如悟って国教になっちゃった宗教とは違い、
人助けだと思ってこの文章を拡散して欲しい。 今回のスイスフラン騒動で損失出してしまった人に、変な気を起こす前に読んで欲しいと思ってこの文章を書いた。 【スイスフラン騒動で大儲けした人と大損した人の阿鼻叫喚の叫びまとめ #fx】 http://matome.naver.jp/odai/2142132210649651101 突如、スイス中銀は政策金利を-0.75%に引き下げて、スイスフランの上限策を中止しました。 これまで、スイス中銀はユーロフラン1.20以上を維持する政策を取ってきており、1.20を割り込むとスイスフラン売りの為替介入を行ってきたため、通常のトレーダーは安心してユーロフランを買っていたのですが、これがなくなったためスイスフランが急騰して ユーロフランが大暴落、ドルや株価にも大きな変動を起こしています。 これで昔のことを思い出したので、同じ苦しみを味わっている人のために俺の経
今日の夕方、関西の友人の家で久しぶりにテレビを見たのだが、そこでやっていた東野が司会の関西テレビの番組の大阪vs東京っていう企画がオイオイと言いたくなるものだった。企画の内容は大阪と東京をさまざまな面から比較して、地元大阪をヨイショするという目的の番組だ。よく言われている、大阪人の味覚は薄味で繊細で東京人は辛くて味の濃いものが好きだとか、大阪人は派手好きで東京人は落ち着いたものが好きとか、そういうステレオタイプなイメージ像を、偏ったアンケート結果とインタビューで大げさに伝えるっていう感じの内容だった。 例えば、大阪と東京で飼っている犬の種類は?というアンケートでは、大阪のどこか(普通の住宅地。見逃しただけかも)と、東京の世田谷区で街頭インタビューをして、大阪はチワワやトイプードルなど普通の人気種が多いのに対して、東京はマイナーで高価な犬種が多かった!東京の方が飼ってる犬に関してはオシャレ!
はてサのダイアリーとブクマとスターを見て、全idの女子高生としてのキャラ設定と相関図を考えてたら1時間経ってた 本当に、心から無駄な時間を過ごした
ネット上に転がる怖い話、不思議な話が大好きだけど、いつも「あの話なんだっけ」と忘れてしまうのでリスト化。 個人的な趣味として心霊モノは少なめ。少しマイナーな話を中心に。常時アップデート予定。 『鼠の天麩羅』(http://nazolog.com/blog-entry-3561.html)怪談というよりもエロ童話。キツネ萌え。 『地下の世界と魔女のお姉さん』(http://www.enigmarvel.com/blog-entry-1026.html)ちびっこ異世界モノ。 『切腹ショー』(http://syarecowa.moo.jp/115/33.htm)描写とシチュエーションの不思議さが好き。割と有名。 『見たことの無い風景』(http://enigma2.ahoseek.com/thread/part28/629/)こんな体験したこと無いのになぜか共感してしまう話。 『須磨海岸にて』(
そういうと97%ぐらいの人が怪訝な顔をするので最近は言わないようにしているのだが僕はミスチルが嫌いだ、嫌いになったのほうが正確か 何が嫌いかというとミスチルの曲を聴いていると安っぽい自己啓発本や浅い哲学を聞かされているような気になってくる くるみのPVに出てくる夢やぶれたオヤジの哀愁もしるしの静かなメロディーラインもHANABIの怠惰にも似た歌詞も全て慰めに寄りすぎているような気がしてならない 優しいのだけど優しいまま終わってしまうものすごいぬるま湯に浸かっているような気分になる。その心地よさもものすごくよくわかる RadioheadやNirvanaのような絶望にはほど遠く、現実を生きる希望が湧いてくるのにもすこし足りないという印象だ 聞いてもただ慰められるだけで終わってしまう 「たけし、よく頑張ったね。よく頑張った。頑張った。でもまだ大丈夫だよ。とりあえず立ち上がってみようか。あたりはす
疲れ果てて文章を書く気力はわかないので箇条書きに 民主党支持者ではない 暇だったので働いてみた初日に「そろそろ先生方がいらっしゃるから挨拶を」と言われて応援の政治家が来るのかと思ったら日教組日教組の幹部をうちの候補者・事務所トップ・後援会会長・スタッフが総出でお出迎え候補者よりも日教組幹部の方が偉そうにしている日教組幹部「なぜ安倍政権を止めなければならないかわかる?」スタッフ「アベノミクス…」日教組「違う!それもあるけど集団的自衛権!こんなもん許したら戦争が〜」連合の幹部も来た 連合と日教組が選挙対策の主導権争いしててめんどくさいらしい連合の人「なぜ安倍政権を止めなければならないかわかる?」スタッフ「集団的…」連合「違う!アベノミクスの失敗!格差社会が〜」毎日のように何らかの組合の人達が来る みんな偉そうそいつらへの応対でかなりのマンパワーが割かれるとある組合は消費税反対だけど他の組合は消
実家の母親の電話いわく、地元の中学校の部活動が強制ではなく任意となったらしい。弟は学校から帰ると、ずっと友達とゲームをして過ごしていると愚痴られた。 僕は、バスケットボール部に所属していた。15時半の授業が終わると、各々は体育着になって体育館に向かう。そして18時半までひたすらドリブルを続けていた。コートの真ん中では、運動とバスケが上手な奴らが陣取り、ひたすら試合をしていた。雑魚である僕らはコートの隅である。たまにボールが飛んでくると、それを真ん中に投げ返すだけの簡単な作業である。 苦痛だった。家に帰って、ゲームとパソコンをしていたかった。 雑魚の中でも、カーストがあった。僕はそのカーストの中で低い方だった。上手な奴らの分に加え、同じカースト内から受けるイジメがった。それもあって、バスケの部活動は苦痛だった。 思い返してみれば酷いものだ。たまに試合を「やらさせてもらう」としたら、笑われるか
こどもの頃は、車のおもちゃだったり、携帯ゲーム機だったりに使える単三電池が好きだった。 単三電池がよい大きさ、形だと思っていた。 電池の中で、単三電池が一番大切だと思っていた。 大人になった今、私の身の回りには単四電池が多くある。もう単三電池のことは考えなくなった。 こどもの頃は、B5サイズが身にしっくりきていた。学習ノートもB5だったと思う。 けど今はA4ばかりだ。たまにB5を手にすると、A4との不揃いに戸惑う。 単三とかB5とかピッタリに感じていたのは、あれはなんだったんだ。
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