子曰く、 其の鬼(き)に非ずして之れを祭るは諂(へつら)ひなり。 義(ぎ)を見て為さざるは勇(ゆう)無きなり#1、と。#2 不当を為す、これを諂いという。 為すべきを為す、これを勇という。 鬼は鬼神の鬼で、死して朽ち果て地に帰するものをいう。 対して神は死して天に昇り散じてあまねく広がる気の如きものをいう。 孔子は礼記、祭義において「生あるものは必ず死し、死せば必ず土に帰す。これを鬼という」と述べている。 また「物の精によって制(おさ)めて之が極と為し、鬼神と名付けて人々の規範とした。だから誰もが畏れ服するのである」とも述べる。 つまり鬼神とは人々の誰もが畏服し則るものであり、言葉では表しがたい根源的なものをいう。 それは絶対的に尊び、そして推進される、これを人の心に求めるのならば“義”に近い。 孔子は「其の鬼でないのに祭るは諂いだ」という。 「其の鬼」とは何なのか。 それをここでは「祖先