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web2.0に関するut566のブックマーク (2)

  • My Life Between Silicon Valley and Japan - Web 2.0の踊り場について

    前エントリー「「Wisdom of Crowds(群衆の叡智)」元年」に「三上のブログ」からトラックバックをいただいた。案の定、僕がわざと使った「踊り場」という言葉への反応であった。 http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20070106/1168070930 梅田望夫さんが非常に意味深長なことを書いている。 「Wisdom of Crowds(群衆の叡智)」元年の最後で、私はある言葉に眼が釘付けになった。・・・・・・・ 私は梅田さんが「踊り場」という言葉を使ったことに驚いていた。と同時に一瞬「何か」が見えた気がした。「踊り場」の辞書的な意味は「階段の途中に,方向転換・休息・危険防止のために設けた,やや広く平らな所」(『大辞林』)である。まだ誰も正確には予想できない「方向転換」が「SNSやブログの枠組み」という「踊り場」で着々と準備されている。技術的なことはよく

    My Life Between Silicon Valley and Japan - Web 2.0の踊り場について
    ut566
    ut566 2008/04/17
  • Web2.0の逆説 - 赤の女王とお茶を

    Web2.0は高速道路というよりレーシングコース。つまり、レーサーが走ってこそ、という話。 ウェブ人間論(梅田望夫、平野啓一郎) この辺りを読むと、今頃そういったことをごにょごにょ言い始めているような印象を受ける。 平野氏がいうように、確かに「道具」の進歩は人間の「対応」を変える。が、まあそれだけといえばそれだけのことだ。人間の質というのがそもそも何を指すのかよく分からないが、「質」を変えずともいくらでも「対応」は変わりうる。 狩猟時代だろうがWeb時代だろうが、人間という肉体は欲と性欲と集団内のポジショニングにず〜〜〜っと汲々として生きてきたし、今後も基的にはそうだろう。まあこれが質かどうかは知らない。ただここでのお二方は「情報をって」あるいは「情報でって」生きている人たちであり、情報が人間を変える可能性を信じたいのはよくわかる。 ではWeb2.0という状況に人間はまずどう

    Web2.0の逆説 - 赤の女王とお茶を
    ut566
    ut566 2008/04/17
    ネットに落ちている文章のみでは伝わってこない温度が現実社会にはあると思うな…
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