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2009年6月27日のブックマーク (3件)

  • 人権教育は、ありえない - hituziのブログ 無料体験コース

    人権教育にかんする原稿をよんだ。すばらしい内容。 ここでは、原理的な はなしをかく。とても重要なはなしなので、かんがえてみていただきたい。 なにが教育をなりたたせるのか。たとえば、学生みんなが席にすわって授業をきく。授業に参加する。これをあたりまえのことだと想定すること自体が、おそろしい発想である。 ある高校がある。進学校だ。みんな授業に参加している。一部が いねむりする程度だ。すばらしい。 もうひとつ高校がある。授業中、さわぎっぱなしだ。教師は、しずかにしなさい! すわりなさい!をさけびつづけないと いけない。あるいは、だれにも きこえないことをわかっていながらも、こえをはりあげようとも かきけされてしまうがために、たんたんと授業をつづけているかもしれない。 なぜ、このようなことになるのか。わたしにとって、授業にならない教室というものは、とても自然なことだと おもえる。50分も席に すわ

    人権教育は、ありえない - hituziのブログ 無料体験コース
  • はてなハイク サービス終了のお知らせ

    平素より「はてなハイク」をご利用いただき、ありがとうございます。 「お題でつながるミニブログ」としてご利用いただいていた「はてなハイク」は、2019年3月27日をもちまして、サービスの提供を終了させていただきました。 これまでご利用いただきましたユーザーの皆さまに深く感謝いたします。 誠にありがとうございました。 詳しくは下記をご覧ください。 http://labo.hatenastaff.com/entry/2018/11/19/113653 株式会社はてな

  • 社会の個人化と個人の断片化 - on the ground

    よく知らないのだが、最近twitterなるものの存在が目に入ることが多くなった。思い付いたことを思い付いた時に書き込んでいくものであり、ブログをより刹那的にしたものだと捉えてよいだろうか。 こういうツールは、素朴に見て、個人の通時的流動性(すなわち人格同一性の相対性)の意識化を促進させるように思える。ブログなら、ある程度考えをまとめてから書くだろうが、1行でいいから即座に書き付けていくなら、整合性とか気にせずに書けるわけだろう。すると、後から見ると自分の中の変化や矛盾や多様性を感じやすくなるのではないか。 使ったことがあるわけでも日常的に読んでいるわけでもないから、実際には分からない。でも自分のことを考えてみても、単にPCの前で長時間作業しているだけでも、当座には全然重要でないが気になったことを瞬時に検索して調べられるわけだし、パブリックなこともプライベートなことも仕事のことも趣味のことも

    社会の個人化と個人の断片化 - on the ground