ブックマーク / www.daiwashobo.co.jp (2)

  • WEB連載 : 40歳がくる! 雨宮まみ vol11

    私は25歳でフリーライターになった。まぁ、名刺に「ライター」と刷ってはみたものの、そんなにすぐに仕事なんかもらえない。デザイン事務所で時給制でバイトさせてもらいながら、たまにもらえる書き仕事をする。そんな生活をしていた。もちろん、そんな生活でお金が儲かるはずもなかったが、25歳のときの私は、今よりずっとしっかりしていた。たった5千円でも1万円でも天引きで積立貯金をしていたし(そうするのがいいと『an・an』で読んだのだった。確かに口座にあると使ってしまう!)無駄遣いをしないことはなかったが、払いきれないような額のものをカードで無茶買いすることもなかったし、身の丈に合わない贅沢はせずに暮らしていた。 仕事がうまくいって、少しまとまった金額が入るときや、ものすごく忙しい時期を抜けてその原稿料が入ったときなど、「人生に一度ぐらい、贅沢をしてもいいんじゃないか」と思うことがあった。初めての体験はよ

    vomiiit
    vomiiit 2016/10/15
    “これからは「最初から自分の欲望を肯定し、それを謳歌する自由を知っている世代」ばかりになってくれればいいのに、と思っている”
  • WEB連載MOB : 東京 雨宮まみ

    実家のある九州から飛行機で羽田空港に、羽田からリムジンバスで新宿に帰る。 首都高に乗ったリムジンバスから、オレンジ色に光る東京タワーが見える。 毎年、年明けにその光景を見るたびに「今年も帰ってこれた」と思い、ほっとする。 東京は、私にとって「ここでなければならない街」だ。 ここに戻ってこれなければ、私はもう生きることができないのと同じ、戦線を離脱したのと同じだという思いがある。 東京に出てきたのは、高校を卒業し、大学に入学した年だった。 両親は私が東京の大学に進学することに反対し、親戚の中で祖母と叔父だけが、私の進学に賛成していた。 引っ越しを迎えるその日まで「行ってもいい」とは、言われなかった。それでも学費は払ってくれた。 叔父が「貰っとけ」と、50万入った封筒をくれた。厚い、厚い札束だった。 あんなぶ厚い札束を触ったことはない。 私は進学校に通っていたので、クラスの中で

    vomiiit
    vomiiit 2013/06/05
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