俺は蟹が好きでも嫌いでもない。 だから、この仕事を長くやっていられるのだろうと思う。 俺の人生の大半がカゴいっぱいの蟹を眺める行為で出来ているとしても、それは好き嫌いとは別の話だ。 あんまり蟹に思い入れを抱きすぎると、たいていろくなことにならない。 一昨日の夜間勤務において、後輩のジョンス君が蟹の群れを見やりつつ突然、 「天国ってあるんですかね。蟹の」 などと言い出したとき、俺は「あー、うんハイハイ」とか何とか言いながらジョンス君が蟹が好きでこの職業を選んだことを思い出した。 「ハイハイ、蟹の天国ね」 「あるといいですよね」 「そうかな……そんなもんあってもなあ……。蟹ばっかりなんだろ」 「ええ。きっと善い蟹で溢れかえっているんですよ」 「それなら、そこのカゴの中はすでに蟹天国じゃないか」 「え」 ジョンス君はカゴを凝視する。 カゴの中で無数にうごめく蟹。楽しそうにも見える。苦しそうにも見