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ブックマーク / finalvent.hatenadiary.org (5)

  • そういえば読書のことだがちょっこっと - finalventの日記

    楽しいを読むときはできるだけゆっくり読む。終わってしまったら残念な気持ちみたいなのがある。 私はいわゆる速読というのはしないが、人から速いねと呆れられたことはなんどかある。たぶん、読み方の処理が違うのだろうと思うし、そのあたり、どうも私の誤字脱字脳と関連しているのかもしれない。というか、速読というのは、私について言えば、読みが粗い、というか、即座に理解スキームを組み立ててフィリングしている感じがする。ネットの情報もそうやって読む。むしろ、はてなユーザーの日記はあまり速読しない。というか、文章のうまげな人なら速読しても大丈夫だがそうでない文章は速読することで何かを読み落とすというか、他者という感覚を忘れる。 気になるはたいてい二度読む。つづけて二度読むこともある。二度読むと理解が進む。あと解析しつつ読むこともある。 なんど読んだかわからないもあるが、それでも読めた気はしない。ただ、そう

    そういえば読書のことだがちょっこっと - finalventの日記
  • ネットで学んだ上手くやらないために大切なこと - finalventの日記

    できるだけ広く語る、特定グループ向けに語らない 嘘とか工作とかしない、基的に正直路線にする(嘘というのはお仕事くらいきつい) バッシングが来たら型どおりの対処と型を崩す対処の2面を考える ネットで自分が支持されるという甘えをもたない(いつまでも孤独が原点) この人は信頼できるという人の評価をころころ変えない 悪に触れない、悪には勝てないと割り切る 特定の信念・信仰・イデオロギーを持った人を避ける(対話にならない) 前に進む、注目されようが無視されようが前に進む 馬鹿は流すさらさらと水ように(自分だって愚かだしな)

    ネットで学んだ上手くやらないために大切なこと - finalventの日記
  • 文章の敵は美学 - finalventの日記

    文章のうまい人間はえてしてすかすかなもんだなと思う。まあ、いろいろな文章があってもいいし、資主義にあっては、文章の価値とは、一義に売文だ、いろいろな形態であれ。それはそういうもんだというしかない。 で、ブログというのはそういう面もあり、そうでない面もある。ただそれだけのこと。 そうでない面では、糞の価値にもならない文章が書けるということ。ああ、自由だ。 文章には技術というものがあるのだろうと思うし、書いていれば、ああ、こういうのが技術かと得心するのがあるが、なぜかそういう文章技術は、いわゆる文章技術には書かれていない。その理由もなんとなく思うが略。 で。文章の敵は美学だと思う。なにかを完成させたり、名文というかそういうのを書きたいという思いだろう。あるいはそういう視点での評価だ。なぜそれがだめかというと、結局それは既存のロマンとかポエムとか、セカンドハンドな類型に堕するからだ。 文章

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  • 今の若い年寄りの人たちへ、非常に年寄りとなった僕から。 - finalventの日記

    これは、今の若い年寄りの人たち、三十代まだかろうじて前半のオタクっぽい人たちへの既に非常に年寄りになった僕から君たちへのメッセージです。今の若い年寄りの人たちは、安易に情報や結論やコミュニケーションやべたな巨乳に走りすぎている。僕はそれを見ていると、彼らの人生が非常に不安になります。いえ、オタクとしての人生が不安になるのではなく、真人間としての人生が不安になるのです。 もうすぐバレンタインになります。この世代の8割くらいの人たちにとっては、彼氏がいたり彼女がいたり、旦那がいたり嫁がいたり、旦那がいなかったり嫁がいなかったり、旦那や嫁がいてもどっかにいっていたり、過去にひどい精神的な苦痛を異性受けたり(そういうのが好きでもないのに、ってか好きな人は話が別)、すごい誤解の中をただ耐えていたり、わけのわからない攻撃をべたな人から受けたりと、エラールーチンに飛ばしたくなるイベントの日です。でも、お

    今の若い年寄りの人たちへ、非常に年寄りとなった僕から。 - finalventの日記
  • ネットと誤解 - finalventの日記

    ああ、これは誤解されているなというとき、それに釈明してもたいていは無駄だ。どうしてそんな思いこみをするんだろうという人に、釈明すること自体が次の誤解を招く。 特に匿名メディアの場合、誤解が解けるということはない。まあ、匿名メディアというのは定義がめんどくさい。いわゆる匿名というわけではない。捨てハンというだけではない。 こういうとそれ自体誤解になるのだろうが、あまり人から関心が持たれてない人に何か言うことは無駄だと思う(あと党派性のグループ)。ところがブログというのはそういう人をなにかクローズアップしてしまうところがある。普通の社会でそれを言ったらただの気違い扱いだよいうのが、素で出てくる。そして、そういうのが素で出てくるとそれに誘発される人が出てくる。現状こうした事象には対処しようがない。 ブログについて言えば、ブログをよく移転する人やハンドルを変更する人は、たとえある一定以上の関心を持

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