「3月11日に黙祷をする案内が社でなかった」「14時46分からの黙祷は暗黙の了解なはずなのに、西日本の人間は気にせず仕事の電話をしてくる」といったツイートを見た 正直なところ自分は当時西日本にいて、今も3月11日はどこか遠い現実の話である。今は東日本にいるのだが、逆に毎年行っていた8月6日の黙祷がないことに今でも違和感を抱いている 私にとっては約80年前の8月6日が身近であり、そこに祈りをささげることが普通だった きっと3月11日に祈りを捧げようとする彼らには、それが身近であり祈りを捧げるべきものなのだろう 原発の件をはじめ未だ苦しんでいる方が多いことも知っている 縁あって福島の方と話をさせていただいたときに伺った「あの震災を忘れることができない我々と知識でしか知ることがない世代の断絶が悔しくもあり、嬉しくもある」という言葉が忘れられない 正直なところ8月6日の件については自分が違和感を抱

