2001年、W.G.ゼーバルトは車を運転しているさなかに心筋梗塞をおこし、イングランド東部の道路で気を失ったまま横転した。57歳だった。抑制した筆致で、アクセルを踏むこともブレーキを踏むこともなく、記憶と記録を地すべりし続けた作家が、加速する残像の中で死んだのは、どうも似つかわしくないように思える。しかし、20世紀が終わってまもなく眩暈のように死へと足を踏み入れたのは、ある意味ではゼーバルトらしかったのではないか。 『土星の環 イギリス行脚』でゼーバルトが歩いたイングランドの風景を丹念に追い、彼にまつわる証言や記録をおさめた映像 "Patience (After Sebald)" は、どこまでも白と黒のコントラストに沈んでおり、21世紀の光景だとはとうてい思えない。 ベンジャミンが描いた歴史の天使のように、ゼーバルトは目を見ひらいて、崩落する記憶と記録を見つめていた。 歴史の天使は、目を大