熱海と伊東の間に、初めて車道の建設が始められたのは明治40年である。 この道が現在の国道135号の前身となるが、予算不足と関東大震災による建設中道路の大破などにより、全通は実に19年越しの大正14年だった。 ようやく出来上がった県道も、幅2.7mほどと極めて狭く、なお伊豆の陸上交通は発展途上の状況にあった。 大正14年12月には静岡県会によって「伊豆大循環道路促成改築案」が議決され、初めて半島の海岸沿いを循環する車道を体系的に整備するプランが立てられた。この工事は西伊豆(現:国道136号)、東伊豆(現:国道135号)の各所で進められ、現在の東伊豆町トモロ岬が昭和8年6月に開通したことで全通を見た。 昭和5年に北豆大地震が発生し、大正14年以来の熱海伊東間の県道は数ヶ所で大破した。 しばらくは徒歩連絡を余儀なくされたが、国庫補助が適用され、より強い道として甦った。 昭和28年二級国道135号