むかし、新庄嘉章先生は、どんなに疲れてゐるときでも、一日十枚(四百字詰め原稿用紙換算。以下同様)の翻訳をなさつた、と、新庄先生の高弟だつた大久保敏彦先生から伺つたことがあります。その頃はまだ学生で、自分でもいつか翻訳などの仕事をするやうにならうとは思ひもよらないことでしたが、いざ自分がかかはつてみると、その数字がどれだけすごいものかがわかります。たとへば、わたくしのやうに始終飲んだくれてゐる場合、一日朝から出てゐて、夕方から友だちと深更まで呑んだとすると、その日は当然ゼロです。もし平均十枚といふことであれば、翌日は二十枚を訳さなくてはならない。授業で教へても頂き、葬儀にも偲ぶ会にも伺つた新庄嘉章先生はしかし、そのお話もさもありなんといふほど精力的なお仕事をなさいました。 さて、三川基好のことです。こちらはいはゆる伝説めいたところはなく、具体的に本が何冊かがわかります。 十年で硬軟とりまぜ厚