1:〈読み〉の多様化 大正十一年(一九二二年)一月の「新潮」に発表された芥川の短篇『藪の中』は、おそらく、彼の作品の中で最も多様な〈読み〉が提出されてきた作品です。 とりわけ、藪の中で起こった殺人事件についての犯人探しについては「百家争鳴」とも言える様相を呈しており、多襄丸犯人説(福田恒存氏など)、真砂犯人説(大里恭三郎氏など)、武弘犯人説(大岡昇平氏など)それぞれに優れた推理が発表されてきているだけでなく、それに従って作品の〈読み〉も多様性を増してきています。 また、最近ではインターネット上にも『藪の中』関連のサイトが設けられ、犯人探しに留まらず、そこから作品の新たな一面を照らし出すような、斬新な視点からの〈読み〉も発表されてきています。 これらのことから、まず、『藪の中』は読むものに独自の〈読み〉を求めさせずにはおかない、不思議な魅力を持った作品である、とまとめることができると思います