漫画と後で読むに関するyuta3_21のブックマーク (2)

  • 「百合的作品」群から見た少女幻想と、ネバーランド住人たち。 - たまごまごごはん

    「マリみて」OVA発売カウントダウン!どこで何の特典がつくか調べてから予約しなきゃ(`・ω・´)真冬なのに真夏を見られるこの幸せ。ああ今の時代に生きていてよかったありがとうマリみて。 OVAといえば「手に入らない」と大騒ぎになってる「かしまし」13話。ある意味予定調和的なエンディングが冷静なファンには「やっぱりあのね商法はあかんて」と色々叩かれるところもあったようですが、以前も書いたように「かしまし」ジャンキーとしては最高のエンディングでありました。やす菜超いらないビッチとか友人と話していたのが恥ずかしくなるくらいの、やす菜のかわいらしさっぷり。ごめんやす菜。 そしてはずむ君がヒロインであり続けたこともGOOD。 はて、そんなかしまし厨である自分でもふと複雑な気持ちになることもあります。 「はずむ(中身は男性)はヒロインで少女のままでよかったのか?」ということ。 アニメ版だけでいうと、はず

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  • 無言の日記-五月の庭 〈内面〉論のメチャクチャな発生にみる、大塚英志の論理的欠陥

    たまたま吉隆明『マス・イメージ論』が手元にあるので、大塚英志が割と近年の彼の総括である『「おたく」の精神史 一九八〇年代論』や『教養としての〈まんが・アニメ〉 講談社現代新書』などで少女漫画の通史を作成する際に用いる〈内面〉モデルの成立について少し書いてみる。『マス・イメージ論』の最終章「語相論」が大塚の引用元にあたるのだが、実際に読んでみると、事実の羅列ばかりでそれに大きな意味づけがされていない文章であることがわかる。ただし、一読してはっきりと分かるのは、この場合、吉は大枠では画像と言語の関係について考えていて、その中で、〈画像と言語が平準〉であるつげ義春、大友克洋、岡田史子、そして〈言語が微分化されている〉山岸凉子、萩尾望都、そして高野文子というグループを作っている。大塚は、吉の権威と、この文章の着眼点と、そしてその主張の薄さをうまく利用して自分のオリジナルの論を組み立てている。

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